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・第61話:「時間に追われて:2」

・第61話:「時間に追われて:2」


「なるほど。……血の記憶、か。聞いたことがある」


 往路おうろよりも時間を大幅に短縮して戻って来たエリックからの報告を受けると、魔王軍の残党たちを束ねるリーダー、エルフ族の剣士であるケヴィンは、どこか懐かしむような顔をした。


「魔王様は、人間には冷酷であったが、我々には優しいお方であった。

 魔王様と共に戦った者が傷つき、死した際には、魔王様はその、血から記憶を引き出す力を使い、死にゆく者の[意志]を引き継いでくださったのだ。


 我らすべての思いを、魔王様は文字通り、背負ってくださったのだ」


 ケヴィンは、エリックが魔王としての力を発揮しつつあることを喜んでいる様子だった。


(冗談じゃ、ない)


 エリックは内心でそう思いつつも、かつて魔王城でサウラと対決した時、サウラが死んだ魔王軍の将兵の血に自身の手を染め、愛おしむようなまなざしを向けていた。

 あの瞬間、サウラは、死んでいった部下の記憶を見ていたのだろう。


 確かに、サウラはケヴィンが言うとおり、魔王軍にとっては慈悲深いリーダーであったのだろう。

 だが、人類にとってはやはり、打倒しなければならない敵だった。


「それで、ケヴィン殿。


 オレは、今すぐにでも、魔法学院へ向かいたいのだが」


 エリックは焦る気持ちをできるだけ抑えつつ、ケヴィンにそう言って今後の方針を早く決めようと急がせる。


「クラリッサは、研究室に引きこもっているより、外に出て調査したりするのが好きな性格をしていた。

 だから、魔法学院に戻ったとはいっても、そこにずっととどまっているとは限らない。


 リーチの記憶から引き出せた情報だが、クラリッサが魔法学院に帰ってからもう、けっこうな時間が経っている。

 早く向かわなければ、彼女と入れ違いになってしまうかもしれない」

「ああ、その通りだな。……すぐに、動いた方がいいだろう」


 エリックの説明にケヴィンは納得したようにうなずく。


「しかし、エリック殿。

 貴殿は、今や、人類にとってのおたずね者だ。


 聖母たちに貴殿が生きていると知られてしまった以上、聖母たちは人間たちに貴殿の手配書を回しているだろう。

 なにか、人類軍の警備をかいくぐってクラリッサ殿と接触する策はあるのか? 」


 その時、エリックの背後でわざとらしく、セリスが「コホン! 」と咳払いをする。

 「やっぱり、あの時あの女を始末しておくべきだったんだ! 」と言いたそうな様子だった。


 実際状況が不利になったことは否定できないエリックだったが、エリックにとって人間を簡単に殺傷することは、できないことだ。

 エリックは裏切った聖母たちへの復讐ふくしゅうは望んでいるが、人類については、今でも守らなければならないと思っている。

 だからエリックは、セリスの抗議を無視して言葉を続ける。


「魔法学院のある辺りは、オレの生まれ故郷なんだ」

「ほう? 貴殿の生まれ故郷?


 しかし、土地勘があるという程度では、どうにもならないのではないか? 」

「いや、そういうことじゃない」


 ケヴィンの疑問にエリックは首を左右に振ってみせ、自分の考えを説明する。


「絶対確実に、とまでは言えないが、オレに力を貸してくれそうな人がいるんだ。


 魔法学院のある地域一帯は、デュークという名の貴族が治めている。

 オレは、その人をよく知っているし、その人もオレのことをよく知っている。


 説得すれば、力を貸してもらえると思う」

「その、根拠は? 」

「オレの、父親だからだ。


 それに、父は聖母を盲信してはいない。

 理知的で、冷静に考えることのできる人だ。


 きっと、オレの話もきちんと聞いてくれるし、力も貸してくれる」


 探るような視線を向けて来るケヴィンに、エリックは迷いのない真っ直ぐな視線を向けて答える。

 もしここで少しでも曖昧あいまいな態度を見せれば、ケヴィンはきっとエリックの考えを信用してくれないだろうと思えたからだ。


「そうか、なるほど。試してみる価値は十分にありそうだ」


 そしてケヴィンは、エリックの言葉をあっさりと信用した。


 彼には、彼の都合がある。

 エリックが「時間がない」と焦っているように、追い詰められて全滅寸前の状態でかろうじて踏みとどまっている残党軍にリーダーであるケヴィンもまた、その状況に焦っているのだ。


 魔王軍の主力は、魔王・サウラと共に、魔王城で[駆逐]されてしまった。

 そうなると、もしかするとケヴィンが率いているもの残党軍こそが、魔物や亜人種たちのまとまった集団であるかもしれない。


 ケヴィンたちが全滅してしまえば、それは、魔物や亜人種たちの[絶滅]に直結するかもしれないのだ。


「ならば、俺としても、エリック殿を引き留める理由はない。すぐに出発してくれ」

「わかった。感謝する、ケヴィン殿」

「我々は協力関係にあるからな。……それと、貴殿の支援のために、チームをつける」


 お互いにうなずき合ってエリックとケヴィンが合意した後、ケヴィンはエリックの背後でおもしろくなさそうな顔をしていたセリスに視線を向ける。


「セリス。引き続き、エリック殿の支援をしてくれ」

「……はぁ!? なんで、私が!? 」

「俺たちの中じゃ、お前が一番、エリック殿とのつき合いが長いからな」


 ケヴィンの命令をセリスは嫌がったが、ケヴィンは肩をすくめて少しおどけた口調で答えるだけで、命令を撤回するつもりはない様子だった。


「エリック殿も、それでいいだろう? 」

「ああ。かまわない。

 それに、あなたの妹殿は、優秀だ。

 ついてきてくれれば、ずいぶん心強い」


 ケヴィンに確認されてうなずいたエリックがそう言うと、セリスは「フン! 」と鼻を鳴らしながら、不満そうにそっぽを向いた。


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