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・第60話:「時間に追われて:1」

・第60話:「時間に追われて:1」


 命を失い、冷たくなっていくリーチのむくろ

 エリックは自身にとっての、憎い、憎い、仇敵の死体から、自身の手へと視線を映し、そこにべったりとこびりついているものを凝視ぎょうしする。


 それは、リーチの血だ。

 かつて、リーチが生きていたことを示す、赤い血液。


 走馬灯のようにエリックの脳裏にリーチの記憶を見せたその血は、もう固まり始め、べたべたとエリックの肌に張りつき始めている。


 もうなんの記憶もエリックに見せないその血が、エリックに、リーチの死を実感させる。


 同時に、自身の死も。


 血から、強制的に相手の記憶を引き出す。

 それは、魔王・サウラの持っていた力だった。

 勇者であったエリックには、そんな力などなかった。


 魔王の持つ力を、エリックが使った。

 それは、エリックの身体が、段々と魔王・サウラのものへと作り変えられているということだった。


 エリックは、確実に、自分ではなくなりつつある。


(それまでに、必ず……! )


 エリックは、確実に近づいてくるサウラという存在に恐怖しつつも、心の中で決意を固め直す。

 どんな手を使ってでも、サウラと分離し、元の身体に戻る。

 そして、聖母たちへの復讐ふくしゅうを遂げる。


 そのことを、エリックはあきらめないと決めている。


「エリック。……あの女、どうする? 」


 エリックに、セリスが静かな声でたずねる。


「まだ仲間からはなにも言ってこないけど、あまり悠長にしていられる時間は、ないよ。

……このままあの女を生かしておけば、エリック。あんたが生きているっていうことが、聖母たちに知られることになる。


……始末、しておいた方がいい」


 エリックがリーチの記憶の中から現実世界に戻って来たらしいということを確認したセリスは、冷静に、今やらなければならないことを考えているようだった。

 そして、「始末」というセリスの言葉に、リーチの愛妾だった女は、「ひっ」、と息をのむような悲鳴をらす。


 彼女はもう誰にも拘束されてはいない状態だったが、恐怖のあまり腰が抜けて、身動きが取れないような状況だった。


「いや、それは、ダメだ」


 エリックは、ガタガタと小刻みに震えている名も知らない女に視線を向けた後、セリスの方へ振り向いて、首を左右に振った。


「約束したはずだ。

 オレは、お前たちのために協力する。

 だが、人間に、必要以上の危害は加えないと。


 どうせ、オレが生きているっていうことは、遅かれ早かれ、聖母たちにもバレるんだ。

 それが今だろうと、大した違いはないはずだ」


 そのエリックの返答に、セリスはリーチの元愛妾を睨みつけ、不愉快そうに「チッ」と舌打ちをする。


 エリックの甘い判断や、これまで多くの魔物や亜人種たちを殺戮さつりくしてきたエリックが、人間だからという理由で女を生かすことが気に入らない様子だった。


 エリックにはセリスのそんな考えが容易に想像できたが、しかし、彼はそれ以上議論することはなく、「行こう」と短く伝え、自身の手にこびりついたリーチの血をベッドのシーツでできるだけぬぐい取ると、リーチが暮らしていた屋敷を後にした。


────────────────────────────────────────


 エリックとセリスは、潜入した時と同様、誰にもバレずにリーチの城館から脱出した。

 去り際にセリスが、「夜が明けるまで部屋から出ずに、大人しくしていること。……そうすれば、アンタを生かしておいてやる」と脅しをきかせておいたおかげで、唯一の目撃者であるリーチの元愛妾も沈黙を保った。


 城館の外で見張っていた他の偵察兵スカウトたちと合流すると、エリックたちはそれ以上その場にはとどまらず、夜の闇にまぎれて馬のところにまで戻り、帰路を急いだ。

 夜が明けるまでのんびりとしていては目立ってしまうし、なにより、エリックにはあまり時間が残されてはいない。


 エリックに施された黒魔術により、エリックの身体は少しずつ、魔王のものへと作り変えられていく。

 それは、エリックが死に直面するような傷を負った時に特に急速に進行するが、安定しているように思える今、この時も、少しずつ進んでいる。


 エリックはこのまま、魔王に自身の身体を乗っ取られるつもりはなかった。

 聖母たちに裏切られ、裏切った者たちへの復讐ふくしゅうを誓ってはいるものの、エリックは人間そのものを恨んではいない。


 エリックの心の中にはまだ、勇者だったころと同じ意識が残っている。

 人類の救済者、勇者としての自覚と、自負だ。


 人々を救うために戦うと決意していた、自分。

 そんな自分が、人類を滅ぼそうとする大敵、魔王へと変化してしまう。


 もし、エリックが魔王になってしまえば、エリックはサウラに支配され、そして、自分自身の意志には関係なく、人々を傷つけることになってしまう。


 それだけは、絶対に嫌だった。


 なんとしてでも、クラリッサを見つけ出し、なんでもいいから、エリックとサウラを分離する方法を見つけ出す。


 エリックと協力関係を結んだケヴィンたち残党軍には、[勇者と魔王の力を同時に使うには、分離しなければならないだろ]と説明しているが、エリックの本心は、自分の身体が魔王となって、人間を攻撃するのに使われたくないというものだ。


 それは、エリックが残党軍に対してウソをついているということになる。

 エリックの胸は、少し、ほんの少しだけ痛んだが、聖母たちに敵対する以上、魔王軍の残党以外にエリックに力を貸してくれる勢力などどこにも存在せず、エリックは今の協力関係を維持する以外の選択肢を持たなかった。


 自分が、完全に魔王になってしまう前に。

 エリックは焦燥感と共に、馬を急かした。


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[気になる点] 今までの復讐者の中で最も愚かな主人公。 人間ごときどれだけの価値があるのか。
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