・第58話:「裏切り者の運命:3」
いつも本作を読んでくださり、ありがとうございます。
作者の熊吉です。
本作は、カクヨム様ににてコンテストに応募させていただいております。
その選考には読者様の評価も影響しており、昨日2月7日までがその考慮期間となっておりました。
熊吉のお願いを受け入れてくださり、協力してくださった読者様、どうも、ありがとうございました。
おかげさまで、伸び悩んでいた順位を少しは向上させることができました。
良い結果を得られるかどうかはまったく自信が持てないのですが、熊吉を応援してくださる読者様がいらっしゃったこと、とてもありがたく、感謝申し上げます。
コンテストの期間は終了いたしましたが、本作は今後も投稿を続けてまいります。
もしよろしければ、これからも、熊吉と本作をどうぞ、よろしくお願い申し上げます。
・第58話:「裏切り者の運命:3」
リーチの手には、いつの間にか、小さなナイフが握られていた。
折り畳み式の、いつでも隠し持っておけるような仕込みナイフだ。
リーチがエリックのことを嗤ったりして挑発していたのは、リーチがエリックのことを内心では[苦労知らずのボンボン小僧]と嘲笑っていたからではなかった。
エリックやセリスの意識を、リーチが密かに取り出そうとしていたナイフからそらすためだったのだ。
リーチが振るったナイフは、エリックの首筋を正確に捉えていた。
「がはっ!? 」
エリックは、自身の首筋を切り裂かれる、鋭く、熱い痛みを感じ、思わず悲鳴をあげる。
だが、エリックは手で傷口を抑えようとはしなかった。
自身の死を予感した、その刹那。
エリックが考えたことは、[リーチを道連れにする]ことだった
自身の首から鮮血がほとばしるのを感じながら、血が脳に行かなくなって自分が死ぬまでの一瞬の間に、エリックは逃げ出そうとしていたリーチに追いすがった。
そして、背中から、リーチを剣で串刺しにしていた。
せめて、リーチだけは。
情けをかけてやったのにエリックを裏切り、嬉々として、瀕死のエリックを谷底へと蹴り落した、リーチだけは、生かしておかない。
エリックは、その一心で、渾身の力をこめてリーチに剣を突き立てていた。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁっっ!!! 」
エリックに剣で串刺しにされ、その勢いで壁に縫いつけられたリーチは、苦痛にうめき声をあげ、身体をよじった。
即死は、させられなかった。
エリックの剣は、病み上がりであったためか急所を微妙に外し、リーチの心臓ではなく、肺の部分を貫いていた。
「エリック!! 」
セリスが、さすがに心配そうな声をあげる。
エリックは、その声をはっきりと聞いていた。
そして、驚いてもいた。
自分は、確かに、リーチに喉を切られた。
おそらくは、致命傷であったはずだ。
だが、エリックの意識は途切れることなく続き、そして、エリックは今、急速に自分の身体が修復され、傷口がふさがっていくのを感じていた。
ゆっくりと、傷口があるはずの場所に、手で触れる。
ぬるりとしていて生暖かい血の感触がしたが、しかし、そこに傷口はなかった。
(汝にかけられている、黒魔術のせいであろう)
戸惑うエリックに、魔王・サウラが内側から、なにが起こったのかを教えてくれる。
(黒魔術は、汝を我に、魔王にふさわしき身体へと作り変えようとしておる。……ゆえに、傷を受けても、黒魔術の作用によりすぐに塞がり、よほどの傷でもない限り汝は消える間もなく、現世にとどめ置かれることになる。……もっとも、その分、汝の身体は[魔王としての身体]に作り変えられはするが、な)
「……オレは、魔王に、作り変えられている」
エリックは、半ば呆然としながらそう呟く。
エリックは、黒魔術により、普通には死ねない身体となっていた。
致死性の傷を受けても、魔王のための肉体へと作り変えようとする黒魔術によって一瞬で傷は回復し、エリックの魂が肉体を離れる間もなく、結びつけ続ける。
だが、その代償として、エリックは少しずつ、魔王へと近づいていく。
今はまだ、エリックの身体はエリックのものだ。
しかし、このまま黒魔術により作り変えが進行していけば、いつかエリックの身体はエリックよりもサウラのものに近い状態となり、そうなれば、エリックの身体の支配権はサウラへと移るだろう。
頭では理解していた現象を実感して、エリックは戦慄するような気持だった。
「へっ、へへっ、げボっ! ……なんか、本当に、バケモノみてェになってるじゃねェかよ、ボンボン小僧が」
だが、そのリーチのとぎれとぎれの言葉が、エリックの精神を現実へと引き戻す。
エリックが慌てて視線を向けると、リーチは、瀕死の状態のまま、自身の身体を剣で貫き、壁に縫いつけているエリックのことを、不敵な笑みで見つめていた。
「どうやら、かはっ! 本当に、クラリッサのお嬢ちゃんに用がある、らしいな……? 」
「そうだ、リーチ! 言え、死ぬ前に、言え! 」
エリックは、リーチが死につつあるということを知り、慌ててたずねる。
今から剣を抜いても、もう、遅い。
リーチの肺はエリックの剣によって貫かれ、そこからの出血が口にまで登って、もう、リーチの口から伝って落ちているほどだ。
剣を抜けば出血多量でショック死するだろうし、このままでも、リーチは死ぬ。
その前に、クラリッサの居場所を。
「へっ、だから甘いっていうんだよ、ボンボン小僧」
エリックの焦りに気づいているのか、リーチはそう言って、嗤った。
「げへっ、ぜー、ぜー……。
オレは、なぁ! 出会った時から、ずっと、お前のこと、が、ごひゅっ、大っ嫌い、だったんだ!
なんの苦労も知らねェ、理想ばかりの甘っちょろいガキが、勇者サマだって、偉そうにしてよォ……、ごほっ。
誰が、お前の、ためになんか!
お前の都合、なん、ざ……、知った、ことか! 」
そして、最後までエリックを罵倒したリーチは白目をむき、その身体からは、急速に力が抜けていく。
「リーチ! ……おい、リーチ! 」
エリックが必死に呼びかけても、もう、リーチはなんの反応も見せない。
呼吸も、もう、していない。
そこにあったのは、リーチの亡骸だけだった。