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・第55話:「潜入」

・第55話:「潜入」


 エリックは、ケヴィンの命令でエリックに協力している残党軍の偵察兵スカウトたちに、より具体的な指示を次々と与えていった。


 今、エリックの他には5名の偵察兵スカウトたちがいるが、その内、実際に城館に潜入するのは、エリックとセリスの2名のみ。

 これは、少ない人数で潜入した方が気づかれにくいだろうという配慮だ。

 他の4名は2手にわかれ、エリックが城館への侵入口として使うつもりでいる城壁が低くなった場所を確保し、エリックとセリスの脱出経路を守る役割と、城館の周囲を見張り、異変があれば知らせる役割とが与えられた。


 だが、そのエリックの指示を受けた時、1人が異論を唱えた。


「寝静まるのを待って、寝首をかけば、全員でリーチって奴をゆっくり尋問じんもんできるのではないか? 」


 それは、間違ってはいない。

 リーチが住んでいる城館は街から少し離れた場所にあり、夜間ということもあって、そこにいる者たちをすべて始末してリーチだけを捕らえれば、朝までゆっくり、じっくりと尋問じんもんにかけることができるのは、その通りだった。


 どんなにリーチが泣き叫ぼうが、思う存分[話を聞く]ことができるだろう。


 だが、エリックはすぐに首を左右に振った。


「ダメだ。……必要以上の犠牲は出さない、そういう約束をしたはずだ」


 いくらリーチから情報を引き出し、復讐ふくしゅうを果たすためとはいえ、彼に雇われているだけの使用人たちや警護の傭兵たちまで殺害するわけにはいかない。

 エリックが憎み、復讐ふくしゅうを願っているのは、エリックを裏切った聖母たちに対してであって、人類にではないからだ。


 エリックのその主張に、偵察兵スカウトたちは内心で不満そうではあったものの、ケヴィンからの命令もあるおかげで従ってくれるようだった。


────────────────────────────────────────


 作戦と段取りが決まると、エリックたちは素早く動いて行った。


 城館の周辺にはブドウ畑が広がっており、そこに植えられているブドウは、農作業がしやすいように人間の背丈ほどの大きさに整えられている。

 身を隠しながら城館に接近するには、十分な遮蔽物しゃへいぶつだった。


 どうやら、サエウム・テラの奥深くにあり、戦乱の恐れの小さかったこの土地の領主は、あまり防衛には関心がなかったらしい。

 だから城館の周囲にこんな風に絶好の隠れ場所になるブドウ畑を作り、城壁にも飛び越えられそうなほど低い部分が残されているのだろう。

 エリックたちにとっては、好都合だった。


 城館まで十分に接近したエリックたちが静かに内部を確認すると、そこで行われている宴会は、今がまさに最高潮である様子だった。

 リーチに雇われて働いている使用人に、警備に雇われている兵士に、どうやら街から呼び寄せた数人の音楽隊まで、その全員が飲んで食べて、陽気に笑っている。


 リーチは、その中心にいる。

 お気に入りの愛妾からのしゃくを受けながら、その肩を抱き、上機嫌に、歌ったり踊ったりしている人々を眺めている。


 本当に、[人生を楽しんで]いた。


 エリックは、今すぐに飛び出して行って、リーチの頭を剣で叩き割ってやりたいという衝動にかられた。

 だが、聖母という強大過ぎる相手への復讐ふくしゅうを果たすためには情報が必要なのだと、どうにか自分を抑え、予定通りに城館への潜入を開始する。


 城壁の低い場所は、自力で飛び越えるには少し高すぎた。

 だから偵察兵スカウトの1人が踏み台となって、エリックとセリスを城壁の上にまで持ち上げた。


 城壁は、どうやらレンガ造りになっているのは表面だけで、その内部は土を固めて作ったものであるようだった。

 下草の生えた城壁の上にかがみ、自分たちの潜入にリーチたちが気づいていないのを確認すると、エリックは外に残す仲間にそれぞれの位置につくように手ぶりで合図をし、それから、屋敷の内部へ入る方法を探すために建物を観察した。


 警備は、手薄だった。

 一応、建物の裏側に2名ほど警備の兵士が配置されているのだが、彼らは持ち場の裏口の近くに座り込んで酒を楽しんでおり、じっと様子をうかがっているエリックとセリスに気づくような様子はない。


 ただ、邪魔ではあった。

 屋敷の戸締りは徹底されている様子で裏口以外に入れそうな場所はなく、酔っているとはいえ姿を見られれば大声をあげて異変を知らせる可能性のある警備兵の存在は、忍び込むのには障害となる。


「どうする? ……始末してもいい? 」


 城壁の上に寝そべるようにして姿を隠しながら様子をうかがっていたセリスが、鞘から少しだけ短剣を抜いてみせながら、エリックに小さな声でたずねる。


 エリックは当然、首を左右に振った。


「ダメだ。……やるとしても、気絶させるだけだ」

「はいはい。……さすがの勇者サマも、同族殺しはしないんだね」


 エリックのその言葉にセリスは嫌味を返すと、「ちょうど、いいモノがある」と言い、腰のポーチから筒状のものを取りだした。


「それは? 」


 エリックが怪訝えげんそうな顔でたずねると、セリスはニヤリと、不敵な笑みを見せる。


「吹き矢。……これで、あの2人を眠らせる」

「命にかかわるようなことはないんだろうな? 」

「フン。そういうのもあるけどね、今回はちゃんと我慢してやるわよ」


 エリックが重ねて注意するとセリスはそう答え、視線を兵士たちの方へと向け、吹き矢をかまえて狙いをつけ始める。


 フッ、と一息。

 放たれた吹き矢は、警備兵の1人に命中し、その警備兵は一瞬で眠りに落ちてガックリとうなだれる。


「……お~い、どした? 寝ちまったのかぁ? 」


 その様子をもう1人の警備兵は見ていたのだが、酔いが回って眠ってしまったのだろうと思ったらしく、のんきに眠ってしまった警備兵をゆすって起こそうとする。

 だが、フッ、とセリスが鋭く息を吐き出す音がすると、その警備兵も、糸が切れた操り人形のように一瞬で眠りへと落ちて行った。


「それじゃ、さっさと中に入りましょ? 」

「……ああ。わかった」


 少し得意げな顔をしたセリスにうなずき返すと、エリックは屋敷の内部へと忍び込むために移動を再開した。


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