・第52話:「話し合い:2」
・第52話:「話し合い:2」
クラリッサ。
その、今となってはひどく懐かしく思える名前を口にした時、エリックの頭の中に浮かんできたのは、バーナードの姿だった。
バーナード。
エリックの、唯一無二の親友。
彼はヘルマン神父の手からエリックを救い、そして、聖母たちからエリックを逃すために、戦ってくれた。
今は、どうなっているのかわからない、親友の姿。
バーナードは、エリックを裏切ってはいなかった。
戦う覚悟を決め、落ち着きを取り戻したエリックは、冷静に、自分を裏切っていなかった者もいるということを思い出すことができていた。
同時に、聖母たちの陰謀を知らずにいた者も、きっといるだろうという可能性にも思い至ることができた。
エリックへの裏切りを、ヘルマン神父や聖女・リディアが実行した場所に、クラリッサはいなかった。
負傷したバーナードの治療に専念するために、彼女はその場を離れていたのだ。
それから、エリックはクラリッサの姿を見ていない。
だから、彼女がエリックへの裏切りに参加していた可能性も、そうではなく、バーナードのようになにも知らされず、エリックを裏切っていなかったという可能性も、その両方が存在している。
もし、エリックが彼女に事情を話せば、協力してくれる可能性は確かにあった。
それに、クラリッサは、優秀な魔術師だった。
将来は[賢者]と呼ばれるほどの、歴史に名を残すような偉大な魔術師になるだろうと言われてさえいた。
そんなクラリッサであれば、もしかすると、エリックにかけられた黒魔術を解き、エリックと魔王・サウラを分離する方法も、心当たりがあるかもしれない。
たとえ方法を知らなくとも、クラリッサの協力が得られれば、大きく前進することができるはずだった。
「それで、その、クラリッサ殿の居場所には、心当たりはあるのか? 」
ケヴィンは、エリックの考えの是非についてはなにも言わず、そう確認して来た。
エリックは、思わず言葉に詰まった。
もし、本当にクラリッサがエリックを裏切っておらず、協力してくれるかもしれないのだとしても、彼女がどこにいるのかわからなければどうすることもできないからだ。
「悪いが……。心当たりは、ない」
エリックは、正直にそう言うしかなかった。
ヘルマン神父たちに追われているという危機意識があったエリックたちは、最短経路で聖都へと向かったし、その間にクラリッサの消息について調べるような余裕は少しもなかった。
クラリッサは魔法学院の院生だったから、そこに戻っているという可能性もあったが、クラリッサは魔術研究に熱心で学院にいないことも多かったのだ。
そして、あまり考えたくはないことだったが、エリックがバーナードに助けを求めたということから、エリックがクラリッサにも助けを求める可能性を考慮し、聖母たちが先に手をまわしてその[芽を摘んでいる]可能性もあった。
「ふむ。……ならば、まずは、クラリッサ殿がどこにいるのかを探し出すことが、先決か」
ケヴィンはそう言うと、自身のゴツゴツとした指であごをなで、思案する。
どうやら、ケヴィンの中ではもう、エリックの言うとおり、クラリッサを探すという方針で定まっているようだった。
「ならば、偵察を出そう。クラリッサ殿がどこにいるかということについて、探りを入れる。……そうして、クラリッサ殿の居場所がわかれば、[協力]してもらう」
ケヴィンの、[協力]という言葉には、引っかかるものがあった。
その言葉には、エリックと同じように同盟関係を結ぶというニュアンスだけではなく、なんなら拉致するなりなんでもして、強制的に助力させるという意味も含まれているようだった。
だが、エリックはなにも言わなかった。
その場にいる他のメンバーも、なにも言わない。
他に代替案となるような意見がないのだろう。
実際のところ、エリックたちに用意されている選択肢は少なく、手段を選んでいられるような余裕もなかった。
「なら、まずは情報収集と行こう」
誰も異論を言わないことから、実質的に了承を得られたものと判断したケヴィンはそう言うと、幕舎の外で待機していた兵士を呼び、さっそく、部下たちに指示を与えていった。
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エリックが再びケヴィンたちから呼ばれたのは、クラリッサの捜索が開始されてから数日後のことだった。
以前呼ばれた時は、クラリッサを探すということ以外はなにも決まらず、エリックが知っている情報と、お互いの協力の条件について再確認を行った程度で終わったが、それから時間が経って、少し状況が動いたようだった。
すっかりエリックの世話係兼身元保証人のようになっていたセリスの案内で、地下牢獄から出たエリックが本営の幕舎へと入ると、そこでは、以前と同じように、ケヴィン、ラガルト、アヌルスの、2人と1体が待っていた。
「クラリッサの居場所が、わかったのですか? 」
なるべく冷静に判断するため、期待にはやる気持ちを抑えつつエリックがそうたずねると、しかし、ケヴィンは首を左右に振った。
「いや、あいにくだが、クラリッサ殿の居場所はまだ、不明だ」
そのケヴィンの言葉を聞き、エリックは、怪訝そうな顔をする。
確かに、たった数日で欲しい情報が手に入るというのは難しいことのはずだったが、そうでないとすればなぜ、自分がここに呼ばれたのかがわからない。
そんなエリックの様子を観察して、「無理もない」と言うようにうなずいてみせたケヴィンは、それから、少し身体を乗り出すようにしながら、短く問いかける。
「エリック殿。……リーチ、という名前に、聞き覚えは? 」