・第49話:「協力の第一歩」
・第49話:「協力の第一歩」
エリックは、魔王軍の残党と取引をした。
自分を騙し、利用するだけ利用し、使い捨てにした聖母たちの好きなようにさせないため。
エリックは、自分の命がある限り、聖母たちに抗い続けるために、かつての敵と手を結ぶことにした。
「まずは、そうだな……、ひとまず、きちんと食事をして、休んで、体力を回復してくれ。セリスの報告によれば、お前はずいぶん、疲弊していたそうだからな」
「お前……、いや、あなたは、どうするんだ? 」
握手を解いた後、エリックの体調を気づかってくれたケヴィンにたずねると、ケヴィンはにやりと微笑みながら肩をすくめてみせる。
「根回しさ。これでも組織のリーダーだからな。
あれやこれや、みなに相談して、話を通しておかないと。
なにせお前は、……[大罪人]だからな。
皆の了承が取れるまでお前には休んでもらって、それから、今後どうするかをきちんと話し合おう」
「わかった。そういうことなら、あなたに全部、お任せする」
どうやらケヴィンはこれから、魔王軍の残党に所属する者たちに、エリックが敵ではなく協力者になったことなどを説明し、周知するために動いてくれるらしい。
エリックは、素直にうなずいて、ケヴィンに任せることにした。
なにしろ、エリックは、魔王軍からすれば[大罪人]、多くの同胞を殺傷した存在なのだ。
いくら協力関係になったからといって簡単に受け入れられるはずもないし、その気持ちはエリックにもよくわかる。
実際、エリックとの協力関係を了承したものの、その場にいた魔術師も、リザードマンも、セリスも、複雑そうな表情でいる。
ただ、1つだけエリックはケヴィンに注文をつけた。
「だが、できれば、お前、ではなく、エリックと呼んで欲しい」
「ああ、わかったよ、エリック。
……なら、そちらも、俺のことはケヴィンと呼んでくれていい。
なにしろ、おま、いや、エリック殿は、我々の同志になったのだからな」
ケヴィンは気さくに微笑んで見せると、エリックに手を振って挨拶をし、さっそく根回しをするために動き始める。
地下牢獄を出ていくケヴィンに、魔術師、リザードマン、そしてセリスが続いた。
「おっと、セリス。お前はこのまま、エリック殿の面倒を見てやってくれ」
しかし、ケヴィンは途中で立ち止まると、振り返ってセリスにそう命じる。
「はぁ!? どうして、私が、こいつの!? 」
セリスは驚き、それから不満そうにそう文句を言ったが、ケヴィンは取り合わずに「頼んだぞ」と手を振って行ってしまった。
置いていかれたセリスはそのまま、恨めしそうな視線でケヴィンたちが消えて行った方を睨みつけていたが、しばらくしてあきらめがついたのかエリックの方へと振り向き、身体の前で腕組みをしながら冷ややかな視線を向けて来る。
(兄さんがお前と協力関係になったからと言って、私は絶対、お前のことを認めたりしないんだから! )
と、そんな風に言いたそうな顔だった。
しかし、エリックはセリスに思い切り嫌悪されようと、少しも動じない。
「セリスさん。申し訳ないけれど、まずは、着替えとか、ないかな? 」
エリックは、1度、いや、2度、すでに死んでいる。
その度に、エリックの身体は魔王・サウラのものとなるべく作り変えられていて、エリックの身体は今も少しずつ、黒魔術によって浸食されているはずだった。
それでも、戦うと決めたのだ。
今さら、エルフの少女1人を怖がるはずもなかった。
「ふざけるな! 大罪人のクセに! 調子に乗るな! 」
セリスは、不満そうにエリックを睨みつける。
だが、エリックは少しおどけて、肩をすくめてみせた。
「ケヴィン殿がおっしゃっていただろう? 根回しが済んだら、今後どうするかをきちんと話し合うと。
その時には、ここの、魔王軍の残党の幹部たちも集まるはずだろう?
このままの格好で同席して、今以上に嫌われたくはないんだが」
エリックの服装は、酷いものだった。
聖母たちからどうにか逃れてきたまま、川から引き上げられた時のままで、数日間も拘束されていたのだ。
服はボロボロになって汚れているし、きっと、酷い臭いもしていることだろう。
エリックの要求は、なにも間違ってはいない。
それはわかるが、やはりエリックの要望を受け入れることが納得できない様子のセリスは、チッ、と小さく舌打ちをしてリックから顔をそむける。
「……わかった。少し、待ってろ。ついでに、身体もふけるように、水も用意する」
だが、すぐにそう言うと、エリックが望んだものを用意するために地下牢獄から出て行った。
エリックはただ1人、残された。
地下牢獄にはもう、鍵はかけられておらず、見張りも誰もいない。
逃げ出そうと思えば、どこにでも逃げ出せる状況だった。
だが、エリックは、落ち着き払った様子でその場に腰かけ、セリスが戻ってきてくれるのを待った。
エリックはもう、どこにも逃げ出したりしないつもりだった。