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・第48話:「協力関係」

・第48話:「協力関係」


 いら立った気持ちを治め、切り替えるために外の空気を吸いに行ったセリスだったが、地下牢獄ちかろうごくに戻ってきてエリックの姿を見ると、心底驚かされた。


 まるで、別人。

 少し前まで、絶望に沈み切った、無気力で自ら消え去ることを願うような状態だったのに、今は、その双眸そうぼうに強い意志の光を宿し、貪欲どんよくに[生きよう]としている。


 今のエリックならば、たとえ、泥水であろうとすすり、どんなに過酷な状況に置かれても生き延びようとするだろう。

 あの、地獄の谷底からい出した時のように。


 すべては、聖母の思い通りにさせないため。

 絶望にうちひしがれて消えて行くエリックの姿を見て、愉悦ゆえつを覚えさせ、笑わせないため。


 エリックは、生きる覚悟を定めた。


「セリス、という名前だったか? ……なにか、食べ物をくれないか? 」


 驚いているセリスに、エリックが最初に要求したのは、食事だった。


「えっ? ……あっ、はいっ! 」


 エリックに、強い視線で見つめられたセリスは、反射的にそう素直な返答を返してしまい、すぐに悔しさに顔をゆがめる。

 多くの同胞を手にかけた勇者であるエリックの言うことなど、本来であれば聞き入れてやりたくなどないのだ。


 だが、セリスはエリックに求められたとおり、食べ物を取りに行った。

 エリックを死なせないように世話をすることが今のセリスに与えられた仕事だったからだ。


 しばらくして、セリスは木皿にシチューをついで持って来た。

 それは、すでに冷めてしまってはいたが、上物の鹿肉が使われた栄養価の高いシチューで、エリックはそれを美味そうに平らげ、お代わりまで要求した。


 セリスは、そのエリックの変わりように戸惑い、気色悪くも思ったが、やはり言われた通りにエリックに食べ物を運んでやった。

 今度はシチューだけではなく、今のセリスたちには貴重な穀物で焼いたパンや、保存食であるチーズなども持って来たし、水も用意してあった。


 エリックは、それも平らげた。

それどころか、さらに追加でお代わりまでした。


「も、もう、シチューは残ってないし、急にそんなに食べたら、身体を壊すよ!? 」


 その貪欲どんよくな食欲に若干引きながらセリスが答えると、エリックは少し残念そうな顔をし、それから、「リーダーに会わせてくれないか? 」と、セリスに要求した。


────────────────────────────────────────


 セリスの連絡を受けたケヴィンは、すぐにやって来た。

 どうやら幹部扱いなのか、エリックに回復魔法をかけた魔術師や、魔物のリザードマンもケヴィンと共にやって来る。


 こうやって人数を集めたのは、エリックがケヴィンたちを呼んだ理由が、それなりのものであろうと、呼びに来たセリスの様子からケヴィンが悟っていたためだった。


「さて、勇者・エリックよ。わざわざ呼んだということは、期待していいんだろうな? 」

「ああ。……オレは、アンタたちに協力する」


 セリスと同じようにエリックの変わりように驚いている魔術師とリザードマンとは異なり、ニヤリと不敵な笑みを浮かべたケヴィンからの問いかけに、エリックは力強くうなずいてみせた。


「だが、条件がある」


 だが、エリックはただ、ケヴィンからの要求に答えるだけではなかった。


「ほぅ? どんな条件だ? 」


 エリックの言葉に、ケヴィンは興味深そうに問い返し、エルフの魔術師とリザードマン、そしてセリスは、不愉快ふゆかいそうな表情を浮かべる。

 だが、エリックは、3人からの「大罪人が、なにを偉そうに」という無言の圧力にも屈せず、口を開く。


 なんのために、生きるのか。

 ありとあらゆる困難に、苦痛に耐えるのか。

 その目的の定まったエリックには、もう、なにも恐れるものはない。


「条件は、3つ。

1つは、オレの復讐に、聖母たちへの復讐に、お前たちも協力すること」

「それなら、かまわない。元より、聖母は我々の倒すべき敵だ」


 ケヴィンはすぐにうなずき、エリックは「間違いないな? 」という念押しの視線を送ってから、さらに言葉を続ける。


「2つは、聖母を倒しても、人間には復讐をひかえること」

「なにを、都合のいい! お前たち人間によって、我々の種族がどれほど苦しめられたことか! 」


 2つめの要求には魔術師が激高したように声を荒げ、リザードマンもセリスも不愉快ふゆかいそうな顔を隠そうともしなかったが、ケヴィンは落ち着き払った態度で手を広げて、いきどおる3人を抑えた。


「人間全員、無罪放免、とはいかないだろう。……非戦闘員や、戦場で戦っただけの者は別としても、我が同胞たちの非戦闘員の殺戮さつりくに関与したと明らかな人間には、相応の罰を受けてもらう」

「それは……、わかった。それで、いい」


 エリックは、少し逡巡しゅんじゅんしてからうなずく。

 エリックにとっての同胞である人間に危害が加えられることは望ましくはなかったが、しかし、ケヴィンたち、魔物や亜人種の側からみるとこれは当然の要求だったし、エリックも殺戮さつりくの現場を目撃し、それを嫌悪していた。


「3つは、魔王とオレとが分離して、共に生存できるように協力すること、だ」

「魔王様と分離する? それは、どうしてだ? 」

「お前たちの目的は、勇者と魔王の力を同時に手に入れること、だろ?

 なら、1つの身体のままじゃ、[同時に]は無理なんじゃないか?


 ……それに、1つの身体に2つの魂っていうのは、居心地が悪いんだ」

「なるほど。……そういうことなら、できる限りのことはしよう」


 ケヴィンは、3つ目の要求にもうなずき、そして、エルフの魔術師の方へ視線を向ける。

 エリックの中に魔王が存在していることを確認したのもその魔術師だったし、エリックの身体から魔王を分離する方法についてもっとも知見がありそうなのも魔術師だった。


「申し訳ありませんが、そのような魔法は、存じ上げません。

 ……約束できるのは、できるだけの努力することだけ、です」


 エルフの魔術師はエリックのために力を貸すというのが不愉快ふゆかいな様子であったが、ひとまずはそう言って、協力することを了承してくれた。


「俺は、悪い条件ではないと思う。……皆の中で異論があるなら、今のうちに教えて欲しい」


 それからケヴィンがそう言って確認したが、誰も、なにも言わなかった。

 エリックとの協力を積極的に支持する者もいなかったが、しかし、あえて反対しようという者もいないようだった。


「なら、取引成立だ」


 やがてケヴィンはそう言って満足そうに笑みを浮かべると、ふところからナイフを取り出し、エリックを拘束している縄を切った。

 そして、ケヴィンは、エリックに、剣の鍛錬で皮の厚くなったごつごつとした手を差し向ける。


「ようこそ、同志よ。歓迎させてもらおう」

「ああ。……協力関係、成立だ」


 エリックはうなずくと、ケヴィンの手を取り、2人は固い握手を交わした。


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