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・第47話:「どうせ終わるのなら」

・第47話:「どうせ終わるのなら」


 セリスが出て行ってしまうと、地下牢獄ちかろうごく静寂せいじゃくに包まれた。


 エリックは、うなだれたまま、心を閉じようとする。

 また、目を開いていてもなにも見ず、耳が聞こえていてもなにも聞かず、生きたまま死んだようになろうとする。


 そうやって、エリックは、なにも感じず、なにかを考えることもなく、消えて行くつもりだった。


い者たちであろう? )


 そんなエリックの心の中で、久しぶりに、魔王・サウラが口を開いた。


(ああであるから、なかなか、我もかの者たちを捨てられぬ。

 かほどに、愛すべき者たちも、他におらぬであろう? )

「黙れ」


 エリックは思わず、声に出して、強い口調でそう言っていた。


 このまま、自分は、静かに消えて行こうとしているのに。

 サウラは、その邪魔をする。

 それが、エリックには許せなかった。


(汝も、なかなか、い奴よの)


 しかし、サウラは黙らない。

 エリックの心の中でささやき、問答無用でエリックにその言葉を届け続ける。


(その絶望、その深さ、その暗さ。

 実に、心地よいではないか。


 光など、希望など、なにほどのことがある。

 暗き闇こそ、真実よ。


 汝は今、その深淵に至りて、純粋じゅんすいに黒く、暗くある。

 稀有けうな体験であろう? )

(ふざけるな! )


 エリックは、サウラのささやき声をさえぎった。


 この絶望が、心地よく、美しいなどと。

 サウラの言葉にエリックは少しも共感などしなかったし、狂ったたわごととしか思えなかった。


(なにが、心地よく、美しいだ!

 誰が好きで裏切られなどするものか!


 オレは、こんな目に遭うために生きて来たんじゃ……、生まれて来たんじゃ、ない! )

(ならば、なぜ、あらがわぬ? あの、健気な者たちのように)

(……っ! )


 短く、だが、鋭く踏み込んでくる、サウラの言葉。

 エリックはその言葉に図星を突かれたような気がして、思わず奥歯を噛みしめていた。


(それが、汝の本心であるのだろう?

 隠すことなどできはせぬ。なにしろ、我は汝と共にあるのだからな)


 悔しそうに奥歯を噛みしめているエリックに、サウラはささやく。


(ならば、なぜ、立たぬ?

 なぜ、あの者たちに、汝をだまし、裏切り、もてあそび、使い捨てにした者たちに、思い知らせてやらぬのだ? )

「そんなっ……、そんなっ、ことっ! 」


 それができれば、とっくにやっている。

 エリックはサウラに向かって叫び、そして、最後まで言い切ることができず、じわり、と双眸そうぼうに涙を浮かべた。


 そして、エリックの頬を、涙が伝い落ちる。

 その一筋の体温を、自分自身の命を感じながら、エリックは、こんな風に涙をこぼしたのがいつのことだったのかを、ふと思い起こしていた。


 最後に悔し涙を流したのは、ずいぶん、昔のことだった気がする。

 当時のエリックは勇者などではなく、幼い子供で、確か、剣の訓練がうまくいかず、父に少しも勝つことも、せめて良い勝負をすることさえもできず、自分の努力が報われないことに、エリックは泣いた。


 だが、泣いたところで、エリックは強くはなれなかった。

 結局エリックを強くし、勇者としての使命を背負えるほどに成長させたのは、こぼれそうになる悔し涙をこらえながら必死に続けた努力のおかげだった。


 聖母に、エリックを裏切り、捨てたすべての者たちに、復讐ふくしゅうを遂げる。

 そんなことは無理だと、エリックは今でもそう思う。


 だが、そうやって、セリスが言うように[いじけて]いるだけでは、なんにもならない。

 エリックが絶望に飲み込まれて消え去って行っても、聖母たちはそれを、愉悦ゆえつを感じながら高笑いするだけだろう。


 そんなことは、絶対に嫌だ。

 絶対に、許せない。


 エリックの中で、エリック自身の心が、そう、強く主張する。


(どうせ、終わるつもりなのであろう? )


 その時、その瞬間だけ、エリックは、自分の心と、魔王・サウラの心が、シンクロしているように感じた。

 サウラは、魔王で、エリックの敵であるはずなのに。

 この時、この瞬間のサウラの言葉は、エリックに染みるように届く。


(ならば、あらがってみても、よいではないか。

 汝をもてあそび、食い物にした者たちに、その思い通りになぞさせぬと、最後まで。


 結果は、変わらぬかもしれぬ。

 実際、我は、汝ら、聖母の眷属けんぞくに敗れた。


 しかし、同じ、終わってしまうのだとて、それは、断じて無意味なことではない。

 汝を裏切り、使い捨てにした聖母たちの手を、あらゆる手段をつくして、汝の命の続く限り、わずらわせてやるのだ。


 さすれば、少しは晴れやかな気分でけるであろうよ。

 無念を抱えてくのであろうと、汝は、笑って消えて行くことができるであろう)


 聖母に、裏切り者たちに、思い通りにさせない。

 たとえ、エリックが最後には終わりを迎えるのだとしても、なにもせずに消えて行き、聖母たちを勝ち誇らせて笑わせるより、必死にあらがい、食い下がり、「この死にぞこないが! 」と、焦りといらだちの表情を作らせる方が、ずっと[おもしろい]。


(そうだ。……オレは、もう、お前たちの思い通りになんか、ならない! )


 いつの間にか、エリックの瞳に、光が、力が戻っていた。


 それは、希望の光などではない。

 暗く、怪しく、ギラギラと燃える、復讐ふくしゅうの炎の輝きだった。


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