・第46話:「2人は違う」
・第46話:「最低の相棒:2」
「オレを、殺したいんだろう? ……なら、殺せよ」
セリスがなにげなく手に持った短剣の切っ先を熱心に見つめながら、エリックは、挑発するような口調で言った。
「オレのことが、憎いんだろう?
大勢、数えきれないほど、お前たちの同胞を手にかけた、このオレが。
いいじゃないか。
お前には、今、復讐ができる。
やれよ。
一思いに、やってくれよ。
そうすれば、お前たちが大好きな、魔王が復活するんだ。
オレを殺せば、オレの身体は魔王のものになる。
そいう黒魔術をかけられているって、話しただろう? 」
必死に、セリスを挑発し、煽るような言葉。
だが、それが実際には懇願する声だとわかるセリスは、エリックの必死さを鼻で笑うと、短剣を鞘へと納め、意地悪な笑みを浮かべた。
「ざ~んねん、おあいにく様。
お前の都合なんて、こっちはどうでもいいの。
兄さんは、魔王様のお力だけでなく、お前の、勇者としての力も欲しがってる。
私たちには、それが必要だからって言って。
私もね、散々、お前の暴虐ぶりを聞かされてきたから、勇者の力がすごいってのは知っている。
だから、兄さんの気持ちもわかるんだ。
追い詰められて、ジリ貧の私たちは、使えるものはなんでも使わないと、生きていけないからね。
お前を殺すなんて、いつでもできる。
だったら、もう少しくらい待ったって、こっちには少しも不都合はないの」
突き放すような言葉。
それを聞いて、エリックがまたうなだれて大人しくなるだろうとセリスは思っていたのだが、エリックが示した反応は予想とは違ったものだった。
エリックは、笑っていた。
先ほどまで浮かべていた、必死に懇願するための、挑発するような笑みではなく、今度は本当に、心からおもしろがっているような笑み。
くっくっ、と喉の奥から、笑い声が漏れ聞こえてくる。
「ああ、なるほど。……あの、ケヴィンとかいう、お前たちのリーダーが言った通りだな。
オレも、お前たちも、同じ。
どん底の、どん詰まりってわけだ」
それは、自分自身の運命も、セリスたち魔王軍残党の運命も、嘲笑する笑い声だった。
「それは、違う」
突然笑い出したエリックのことを気色悪そうに見ていたセリスだったが、ムッとした顔をし、エリックに反論していた。
「確かに、私たちは追い詰められている。
魔王様だけではなく、勇者の力まで欲しいと、わずかな可能性にすがるほどに。
けれど、私たちは、お前とは絶対に違っているところがある」
「へぇ? それは? 」
エリックの嘲笑に歪んだ顔で、闇そのもののような暗い瞳で見つめられたセリスは、勢いよくイスから立ち上がって、エリックのことを強く睨み返していた。
「それはね。……私たちは、全然、これっぽっちも、諦めちゃいないんだ! 」
そしてセリスは、感情をあらわにし、エリックを憎々しそうに睨みつけながら叫ぶ。
その視線は、これまでのように、エリックのことを敵として憎むものではなかった。
セリスは、エリックの無気力を、すべてを諦めた心を、心底嫌悪しているようだった。
「確かに、私たちは負けた!
魔王城は陥落したし、魔王様も失った!
仲間も、皆殺しになった!
だけど、私たちはこうして生きているし、お前たち人間にも、聖母にだって負けるつもりはない!
絶対に、私たちは諦めたりしない!
必ず、お前たち人間に、今まで私たちにしてきたことの罪を償わせ、聖母を滅ぼしてやる! 」
セリスの言葉を、エリックは、笑い飛ばした。
そんなことができるはずがないからだ。
たとえ、魔王・サウラが復活したとしても、セリスたち魔王軍の残党がどんなに頑張っても、聖母を倒すことなどできはしない。
そこに、エリックの、勇者の力を加えたところで、どうにもならない。
聖母の下には、教会騎士団に加え、人類軍のすべてが従っていて。
エリックが聖母たちに反旗を翻したところで、聖母は新たな勇者と聖女を選び、差し向けて来るだろうからだ。
その強大な力を前にすれば、いくら魔王と勇者の力を得たところで、魔王軍の残党ごとき、風前の灯火に過ぎなかった。
だが、セリスは、本当にあきらめてはいないらしい。
それは、その言葉の強さから、表情から、はっきりとわかる。
エリックは、認めざるを得なかった。
確かに、自分と、セリスたちは、違うのだと。
「やれるもんなら、やってみろよ」
だからエリックは、そう力なく言い返すだけが、精一杯だった。
できっこない。
できるわけがない。
すべてを諦めたエリックにとって、セリスの存在はあまりにも眩しく、遠いものに思えた。
「……ああ、もう! お前といると、本当に、頭にくる! 」
暗い表情で再びうつむいたエリックに向かってそう怒鳴りつけると、セリスはきびすを返し、「外の空気を吸ってくる! お前はせいぜい、そこでいじけていろ! 」と言い捨てて、エリックを置き去りにして地下牢獄から出て行ってしまった。