・第43話:「残党:2」
・第43話:「残党:2」
エリックがじっと待っていると、しばらくして地下牢獄の扉が開き、上から数名が下りてきた。
エリックにわかる範囲では、4名。
その内3つは人間とほとんど変わらない足音だったが、1つは、ずし、ずし、と重みのある足音だった。
そして、その足音は、エリックが捕らえられている牢獄の前で止まった。
「やぁ、お目覚めかな? 大罪人・エリックよ」
エリックが、身動きが取れないので視線だけを向けると、そこに立っていた長身のエルフが、とりつくろったうわべだけの笑顔でそう言った。
長身の、と言うのは、あまりエルフの表現としては適切ではない。
なぜならエルフはその種族的な特徴として人間よりも背が高く、女性であっても人間の男性と同じ程度の平均身長があるからだ。
それは、エルフらしい整った容姿に、鍛え上げられた引き締まった肉体とよく日焼けした肌を持つ、精悍な印象の、男性のエルフだった。
銀に近い色の金髪を長くのばし、邪魔にならないようにバンダナで止め、理性と共に勇敢さもあわせ持った雰囲気をまとっている。
エリックは、そのエルフの指を見て、すぐに彼がすぐれた剣士であることを理解していた。
その肉体が鍛えられているということだけでなく、彼の指にはいくつもの剣タコができており、いくら剣を振るっても少しもへこたれないような力強さを感じさせたからだ。
そのエルフの男性は、内心はともかくとして表面的にはエリックに笑みを見せていたが、そこにいる他の3人はそうではなかった。
エリックに回復魔法をかけていたエルフの魔術師は先ほどと変わらず、冷たく、ゴミを見るような視線をエリックへと向けていたし、もう1人、一部のみを金属で補強した革製の鎧に、山野での保護色になりそうな色合いの衣服を身に着けた、クリーム色の編み込まれた金髪に碧眼を持つエルフの少女も、憎しみの込められた視線をエリックへと向けている。
もう1人は、魔物だった。
リザードマンと呼ばれるトカゲを2足歩行させたような姿の、全高2メートル以上もある大きな怪物で、エリックからすればその表情はまったく理解できなかったが、そのリザードマンもまた、エリックのことを快く思っていないように見える。
「さて、君も知っての通り、我々にとって、君は仇敵だ。……だが、いろいろとたずねたいことがある。少し話をしてもかまわないか? 」
エリックを牢獄の外から見下している4人の中で唯一笑みを見せているエルフの男性がそう聞いてきたが、エリックは答えられなかった。
さるぐつわをかませられたままだからだ。
「おや、これは、失礼をしたな。……セリス、外してやれ」
エルフの男性はわざとらしく、今やったエリックにさるぐつわをしていたことに気がついた、というような態度を見せると、クリーム色の金髪を持つエルフの少女にそう命じる。
すると、エルフの少女は不愉快そうな顔を見せたものの、命令には従い、エルフの魔術師に牢獄のカギを開けさせて中に入ると、エリックのさるぐつわを乱暴に取り払った。
「さて、では、話の続きをさせてもらう。……まずは、自己紹介。我が名はケヴィン。この部隊の指揮官をしている」
「……魔王軍の、残党なのか? 」
エリックが、ケヴィンと名乗った剣士風のエルフの男性に確認すると、セリスと呼ばれていたエルフの少女が、エリックの頬を平手打ちした。
「勝手に話すな、大罪人! お前の声を聞くだけで、虫唾が走る! 質問されたことだけに答えろ! 」
そして、セリスはエリックに罵倒を浴びせる。
完全に拘束されてなにもできないエリックは、ただ顔をしかめてその罵声に耐えるしかなかった。
「まぁ、セリス。落ち着け。……気持ちはわかるがな」
ケヴィンはセリスのことをなだめると、「このままでは話しづらい」と、自身も牢獄の中に入ってこようとする。
するとそれを、リザードマンが、ややくぐもった発音の言語で止める。
「ヨセ、ケヴィン。オマエ、リーダーダ。ナニカアレバ、ミナ、コマル。ワシモ、コマル」
「心配いらないだろう。拘束はしっかりしている。……それに、妹だけを中に入れたまま安全なところから話すというのも、兄として格好がつかない」
だが、ケヴィンはそう言うと、牢獄の中に入ってしまった。
「さて、大罪人。……すべて、話してもらおう。聖都で起こった、異変について。……お前がなぜ、そのような姿でいるのかについて」
エリックは、すぐには答えなかった。
ただ、口の端をつり上げ、笑った
どうやら魔王軍の残党の一団を率いているケヴィンというエルフの男性に、情報を与えたくないというわけではなかった。
ただ、聖母に、信じていたすべてに裏切られ、惨めに捕まってしまっている自分の運命を思い出して、おかしくてしかたがなかったのだ。
「コイツ! 」
セリスが激高し、エリックを再び平手打ちにしようとするが、その振り上げた手をケヴィンが止めた。
「セリス、落ち着け。……大丈夫、コイツは、全部を話す」
そしてケヴィンは、冷静にそうセリスに言う。
どうやら、ケヴィンはエリックの笑みが、エリック自身へと向けられた自嘲であることに気がついたようだった。
そのケヴィンの見立ては、まったく、正解だった。
エリックは、ポツリ、ポツリと、今までにあったことを話し出す。
魔王城で、魔王・サウラを倒した後、共に戦った聖女・リディアの聖剣によって、背後から突き刺されたこと。
そして、谷底へ、魔王軍の使者たちと共に捨てられたこと。
だが、そこでは死なず、エルフの黒魔術士によって、魔王の魂の新たな器とされたこと。
その黒魔術が、エリックの魂がまだ消え去っていなかったために不完全なものとなり、エリックと魔王の魂が一つの肉体に存在していること。
エリックは裏切りの真相を解き明かし、正当な裁きを裏切り者に与え、サウラの魂をその身に宿すという状況から抜け出すために、聖母に会うために谷底から這い出したということ。
そして、自分が最初から、聖母によって使い捨てにされることになっていたということ。
エリックの言葉を、最初はいまいましそうに聞いていた者たちも、少しずつ真剣にエリックの話を聞き始め、やがて集中して耳を傾け、エリックの話が終わるまで誰もが無言になっていた。