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・第42話:「残党:1」

・第42話:「残党:1」


 エリックの意識が覚醒かくせいし始めた時、最初に感じたのは、全身のだるさだった。


 それは、肉体的な疲労によるものだけではない。

 エリックの、精神的な絶望によるものだった。


 エリックは、最初から裏切られていた。

 エリックを勇者として選んだ聖母自身によって、使い捨てにされることが、最初から決まっていた。


 エリックは、勇者と対になる存在、聖女であるリディアも、自分と同じ、犠牲者なのだろうと思っていた。

 だが、実際はリディアも聖母たちと一緒にエリックを裏切っていた。

 魔王城でエリックを背後から突き刺したのは、リディアだったのだ。


 エリックが信じてきた、すべて。

 報われると信じて、弱音を吐かず、どんなに辛くて苦しくても続けてきた旅。

 それが、無駄だった。

 そして、聖母にもてあそばれたのは、エリックただ1人。


 この世界で、エリックだけが無残だった。

 エリックは聖母たちに利用され、なにも知らされず、気づかないままに使い捨てにされた。


 もう、終わってしまいたい。

 エリックの、絶望で染まりきった心はそう望んだが、しかし、エリックの意識は容赦なく覚醒かくせいへと向かっていく。


 エリックが目を覚ますと、そこは、見たこともない場所だった。


 ただ、そこが牢獄ろうごくらしいというのは、わかる。

 エリックの目の前には頑丈そうな鉄格子があり、その向こうには、石を積んで作った粗雑な壁がある。


 徐々にエリックの意識がはっきりとし、松明のわずかな明かりしかない牢獄の薄暗がりに目が慣れてくると、エリックは、閉じようとしていた自分の意識が、なぜ覚醒りかいしたのかを理解することができた。


 牢獄ろうごくの中に、魔術師がいる。

 魔術師がよく身に着けている、頭を覆うフードつきのローブに、魔法の杖。


 顔はよく見えないが、見るからに魔術師といった姿のその人物が、エリックに回復魔法をかけたようだった。


 お前は、誰だ。

 エリックはそう問いかけようとして、自身の口にさるぐつわが噛まされているということに気がついた。


 反射的にエリックはさるぐつわを外そうとするが、手も動かない。

 エリックは、自分が荒縄で何重にも縛られ、地中に深く打ち込まれた丸太に縛りつけられているということを知った。


「目覚めたか。大罪人・エリック」


 自分が牢獄ろうごくにいるだけでなく、完全に身動きの取れないことを知って動揺し、視線を慌ただしく動かすエリックの姿を見て、魔術師は嘲笑ちょうしょうするように笑った。

 声の高さから、性別はおそらく、女性なのだろう。


 そして、魔術師はエリックに回復魔法をかけるために向けていた魔法の杖をおろすと、それ以上はなにも言わずにきびすを返し、牢獄ろうごくを出ていく。

 その際に、わずかだがフードの奥が見える。


 エリックに見えたのは、自分のことを嘲笑ちょうしょうするように笑った口元。

 そして、少しも笑っていない、冷たい視線。


 エリックは、自分が聖母たちによって捕らわれてしまったのかと思った。

 だが、すぐに思い直す。


 聖母たちに捕まったのならエリックはその場で殺されているはずだったし、なにより、今、ちらりと見えた魔術師の顔には、細長く尖った耳があったからだ。


 それは、エルフと呼ばれる亜人種が共通して持つ身体的な特徴で、聖母たちの下には亜人種は1人もいない。

 亜人種は聖母たちにとっては魔物と同様に、根絶の対象とされているからだ。


 そのエルフの魔術師は、身動きの取れないエリックが逃げ出さないよう、念のために魔法で牢獄ろうごくの扉に鍵をかけると、階段を登り、姿を消す。

 上に登って行ったということから、ある程度予想はついていたが、エリックはここが地下なのだということを理解した。


 なぜ、こんなことになったのか。

 エリックは必死に自身の記憶を探ろうとしたが、ヒントになりそうな記憶はない。


 明確に思い出せるのは、聖母と対面し、そして、自分が最初から、聖母自身によって裏切られていたのだと教えられた場面。

 ヘルマン神父と教会騎士団によって包囲され、刃を向けられた場面。

 バーナードがエリックをかばい、そして、エリックを逃がそうとする場面。

 それから、尖塔の上でリディアと再会し、エリックを突き刺したのが、リディアであったのだと思い知らされる場面。


 それだけだ。


 あとのエリックの記憶は、曖昧あいまいで、夢なのか現実にあったことなのか区別がつかない。

 なんとなく、長く、冷たい水の中にいたことはわかるのだが、なにがどうなって自分がこの場所に拘束されることとなったのかは、見当もつかなかった。


 エリックの身体の中に魂だけとなって存在し続けている、魔王・サウラなら、なにか知っているかもしれない。

 一瞬、エリックはサウラにたずねてみようとも考えたが、すぐにその考えを打ち消す。


 エリックが聖母に裏切られていたのだと知った今でも、サウラはエリックにとって人類への脅威であり、敵だった。


 聖母に裏切られはしたが、エリックには、人類にまで憎しみは持っておらず、サウラは相変わらず、エリックにとっては倒すべき存在だ。

 たとえどんな有益な情報が得られるのにしろ、エリックは、サウラと言葉を、意志を交わしたくはない。

 サウラが自分の中にいるという状況を、受け入れたくはない。


 それがわかっているのか、あるいは、眠っているのか、サウラは沈黙している。

 エリックにとっては、好都合だった。


 エリックはしばらくの間、少しでも拘束が緩まないかいろいろと試していたが、やがて抵抗をやめた。


 そもそもエリックは、ここから逃げ出せたとしても、どこかへ行く当てはない。

 聖母に裏切られ、使い捨てにされたエリックが、その聖母を信奉し、聖母がエリックを裏切ったことを知らない人々の間に戻って、良い結果になるはずがないからだ。


 煮るなり、焼くなり、気のすむようにすればいい。

 エリックは、自分がどうやら人類側ではなく、敵として激しく戦っていた魔王軍側の勢力に捕らわれたことを自覚していたが、自暴自棄になってすべてを受け入れるつもりになっていた。


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