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・第41話:「セリス:2」

・第41話:「セリス:2」


 川原に打ち上げられた勇者・エリックの姿を見つけた時、セリスはしばらくの間、自分が何者であるのかさえ忘れてしまっていた。


 殺意。

 こいつを、エリックを、この場で、その息の根を止めてやりたいという、強い衝動。


 勇者・エリックと言えば、人類軍を象徴する存在だった。

 魔王軍が魔王・サウラを象徴と仰ぎ、戦ったように、人類軍はエリックを象徴として戦った。


 セリスにとっては、かたきだ。

 数多くの同胞をその手にかけてきた、人類という敵の、その先頭に立っていた存在。


 魔大陸へと戻らなかったセリスたちは、その詳しい戦況など知らない。

 だが、魔王・サウラが勇者・エリックと聖女・リディアによって倒されたことはすでに知っている。


 そして、サウラと共に最後まで戦った魔王軍が、戦闘員・非戦闘員関係なく、種族も老若男女も関係なく、皆殺しにされたことも。


 それを実行したのは、人間だ。

 そして、エリックは、その人間たちの象徴である、勇者。


 セリスが、エリックの息の根を止めたところで、失われた同胞は帰ってこない。

 復讐しても、なんの意味もない。


 だが、意味があるかどうかなど関係なく、セリスは、この場でエリックの息の根を止めてやりたかった。

 そうすれば、少しでも失われていった同胞たちの魂が喜び、セリス自身の気持ちも落ち着くだろうと思えたからだ。


 しかし、セリスは、抜きかけたナイフを鞘の中に納めた。


 人類がセリスの同胞たちを容赦なく殲滅せんめつする、その旗頭としてきた勇者・エリック。

 本来であれば、エリックは今、人類の勝利の証として聖都へと凱旋がいせんし、盛大に歓迎され、英雄としてもてはやされていなければならないはずだ。


 今、セリスの目の前で川原に打ち上げられているエリックは、そんな栄光ある勇者としての姿とは、程遠い。


 その身なりはボロボロで、人類の英雄が身につけるような豪華で壮麗な衣服ではない。

 エリック自身も、大けがはしていないように見えるが消耗しきっている様子で、呼吸はしているが浅く、今にも途絶えてしまいそうだった。


 そして、エリックは必死に水の中からい出してきたような姿勢のまま、気を失っている。


 まるで、どこかから、あるいはなにかから、必死に逃げ出して来たように。

 セリスには、そう思えた。


 魔王軍の[残党狩り]を行う人類軍から必死に逃げ隠れしてきたセリスには、敗残兵が、なりふりかまわず逃げなければならない者たちがどんな姿を示すのかはよくわかる。

 満足な水も食料もなく、安眠できる場所もなく、常に神経を研ぎ澄ませ、追っ手の姿にビクビクと怯えながら、あてもなくさまよい続ける。


 エリックは、そうやって逃げ延び、とうとう力尽きて倒れ、死につつある者のようだった。


 セリスの脳裏に、ちらり、と、(今、目の前にいるのは、実はエリックではないのではないか? )という疑問が浮かぶ。

 しかし、魔王軍の偵察兵スカウトとして、勇者・エリックと聖女・リディア、そしてその度の仲間たちの容姿は、最重要として徹底的に覚えこんでいるから、見間違えるはずはないとすぐにセリスは思い直した。


 セリスの心を支配していた強い衝動が弱まり、冷静な部分が生まれ、セリスは[自分がなぜここにいるのか]を思い出した。


 聖都で、異変があった。

 その異変の正体を探ることは、セリスたち魔王軍の残党にとって生き延びるために必要不可欠なことであり、だからこそセリスはことの詳細を明らかにするため、単独でここまでやって来たのだ。


 そして、目の前には、明らかに人類の救世主、英雄となっているべき勇者とは思えないような状態の、エリックがいる。


 聖都で起こった異変と、目の前の異様な状況。

 この2つは、セリスには結びつきがあるのではないかと思えた。


 セリスは、偵察兵スカウトとして鍛えられ、教え込まれた警戒心を発揮し、倒れたエリックから距離を取ったまま姿を隠し、慎重に周囲の状況を探った。


 他に、誰かがいるような気配は感じない。

 音はもちろん、風にも気になるようなにおいはなく、目にも気になるものはない。


 人間が頻繁に往来している場所からは、少し離れた場所だ。

 そこにいるのはセリスと、エリックと、鳥や動物、あとは魚たちくらいのものだった。


 セリスは自身の安全を確認すると、それでもそっと足音を忍ばせ、気配も消して、エリックへと接近した。

 エリックは完全に気を失っている様子だったが、突然目覚めて、こちらを攻撃して来ないとも限らない。

 セリスは細心の注意をはらった。


 まずは、その身に着けているものを調査し、少しでも情報を得る。

 エリックへと十分に接近したセリスはそっとエリックへと手をのばす。


 セリスが触れても、エリックは反応を示さない。

 ただ、水にれた布地の感触と、冷たく冷え切ったエリックの肌の感触だけがセリスの指先に伝わって来る。


 セリスはエリックの姿勢を仰向けにし、間近でエリックの姿を確認する。


 やはり、勇者・エリックで、間違いない。

 双子や、整形手術を施した影武者でもない限り、この瀕死の人間はエリックで間違いないようだった。


「……? 」


 エリックの持ち物を探っていたセリスだったが、あるものに気がついて眉をよせた。


 それは、エリックの胴体の衣服に大きく開いた、穴。

 まるで、鋭利な剣で身体ごと串刺しにでもされたような。


 だが、傷跡もないし、水の中に長くつかっていたのであろうエリックの身体はすっかり洗われてしまっていて、出血した痕跡も見られない。

 ただ、わずかに傷跡のようなものが見られるだけだった。


 それ以外には、特にセリスの気を引くようなものをエリックはなにも持ってはいなかった。


 ここからさらに情報を引き出すとしたら、あとは、エリックの口から直接聞くしかない。


「フン。……無様な格好ね」


 セリスは自分のざわつく感情を納得させるためにそう言ってエリックを冷たい視線で見下すと、エリックを運ぶため、セリスがここまで乗って来た馬を呼び出すための指笛を吹き鳴らした。


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