表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/339

・第38話:「尖塔:3」

・第38話:「尖塔:3」


 リディアは、どこに行ったのだろう?

 エリックがそう思った直後には、リディアはもう、エリックの至近距離にいた。


 ドスン。


 エリックの胴体を、衝撃が貫く。


「……え? 」


 エリックは、その衝撃を受けた瞬間、呆けたような声をらしていた。


 見開かれたエリックの瞳に、まるで、エリックによりかかるように密着したリディアの姿が映っている。

 高原に清楚に咲く小さな花のような、甘く、繊細で、優しい香りがエリックの鼻腔びこうに届く。


 エリックに触れるリディアの感触は、細く、軽い。

 だが、確かに、彼女の体温を感じ取ることができた。


 エリックは、震える手で、リディアの、エリックが思っていた通りに華奢きゃしゃな身体をつかむ。

 そして、たずねた。


「リディア……? どう……、して……? 」


 そう言ったエリックの口元から、つつつ、と、鮮血が筋を引いた。


「勇者様。……なぜ、ここへ、戻ってきてしまわれたのですか? 」


 そんなエリックの姿を、リディアは、潤んだ瞳で見上げ、心からの悲しみの込められた、うれいのある表情で見つめた。


「どうして……、2度も私は……、あなたを、殺さなければならないのですか? 」


 そして、エリックから視線をそらしたリディアがそう言った直後、エリックの身体から、リディアの聖剣が引き抜かれる。


 ずる。

 ずる。


 深く、根元まで突き刺さり、エリックの胴体を貫いたリディアの聖剣は、エリックの血にまみれながらエリックの身体から離れた。


 同時に、支えを失ったエリックはよろよろとした足取りで、後ろに下がる。

 口から鮮血をこぼし、悲鳴もあげられず、リディアにそれ以上なにかを問いかけることもできないままに、エリックはあとずさっていく。


 エリックは、その場に立っていることができなかった。

 ひざをつかないだけで、精一杯だった。


 その腹部には、紅い染みが急速に広がり、布地で吸収しきれないそれはしたたり落ち、エリックがいた場所に点々と模様を描いていく。


 そんなエリックの姿を、リディアは、エリックを貫いていた血塗られた聖剣をその手にたずさえながら、悲しげな表情で見つめている。


 エリックは、思い出していた。

 リディアは、聖女として選ばれる以前は、教会に所属し、聖母に仕える修道女シスターであったということを。


 自分は、どうして、そんなことにも気がつかなかったのだろう?

 エリックは自分自身の愚かしさを思い知らされていた。


 リディアは、エリックを剣で突き刺した。

 その事実が起こる以前に、エリックは十分に、そうなる可能性を予想できたはずなのだ。


 つまり、聖母によって裏切られ、始末されることが最初から決まっていたのは、エリックただ1人だけだったのだ。


 勇者と対を成す存在、聖女。

 エリックは、そうであるのだから、リディアもまた、自分の側にいる人間なのだと勝手に思い込み、決めつけていた。


 だが、違う。

 リディアもまた、エリックを裏切った聖母の側の人間であり、そして、エリックを始末せよと命じられ、実行に移した実行犯なのだ。


 それは、エリックの身体を貫いた、リディアの聖剣の、その感触が、如実にょじつに物語っている。


 魔王城で、エリックを背後から貫いた刃の感触。

 そして今、エリックの身体を貫いた、聖剣の感触。


 それは、まったく同じものに思えた。


 エリックは、自分を後ろから突き刺したのは、リーチだと思っていた。

 リーチは元盗賊だったし、そのような卑劣ひれつなことでもしかねないと、エリックはそう思った。


 だが、エリックを突き刺したのは、リディアだったのだ。


 なぜ、2回も殺さなければならないのか。

 リディアが口にしたそのなげきの言葉が、すべてを物語っている。


 エリックは、思わず、笑顔を浮かべていた。

 腹の底からあがって来る自身の血でのどを塞がれていなかったら、エリックはきっと、声に出して笑っていただろう。


 すべてが、バカらしかった。


 結局、聖母から裏切られ、使い捨てにされたのは、エリックただ1人だけ。

 エリックだけが、道化を演じ、それを知らされないまま、必死になって勇者としての使命を果たそうとしていたのだ。


 エリックが浮かべる乾いた笑みを、リディアは悲しそうに見つめ続けている。


 その表情は、本当に、悲しそうで。

 エリックの死を、エリックを殺さなければならない自分の役割を、本当に、心の底から嫌悪しているようで。


 だが、そんなことは、エリックにはなんのなぐさめにもならない。


 エリックはリディアによって2回も殺され、自分を裏切り、もてあそんだ聖母にも、その聖母に従ってエリックを裏切ったヘルマン神父にも、リーチにも、復讐することもできないまま消えるのだから。

 エリックが続けてきたすべての努力は、その人生は、無意味だったのだから。


 エリックは、ごぼごぼ、と、声にならない声を立てて、笑った。

 そしてそのまま、バランスを保っていることができずに、後ろに向かって倒れこむ。


 エリックが倒れた先には、なにもない。

 そこは、尖塔の端で、エリックの身体は手すりを乗り越えて、支えるモノのなにもない空中だった。


 エリックの意識は、深い暗闇に塗りつぶされ、自身の身体が重力に引かれて落下し、水面に叩きつけられる強い衝撃を感じた瞬間、ブツリと途絶えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ