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・第35話:「聖母:3」

・第35話:「聖母:3」


(いったい、なにが、どうなって……? )


 エリックの頭の中は、思考が定まらず、グルグルと回っていた。


 聖母が、エリックの死を望んでいた。

 エリックを勇者として選び、力を授け、魔王・サウラを滅ぼし、人類を救済するという使命を与えて送り出したはずの、聖母が。


 エリックは、その事実を理解したくなかった。

 そうすることが、恐ろしかった。


 だって、そうではないか。

 もし、聖母が、エリックの死を望んでいたのだとしたら。

 聖母が望んだことを、ヘルマン神父とリーチは、ただ、実行しただけだとしたら。


 最初から。

 エリックが勇者として選ばれ、魔王討伐の旅に出たその時から、こうなることが定められていた。


 そういうことに、なってしまう。


(オレは……!

 オレは……っ!

 今まで……、いったいっ、なんのためにっ!!! )


 その役割を果たしさえすれば、勇者はもう、用済み。

 用済みになった勇者は、始末され、捨てられる。


 最初からそうなることが決められていたのであったら、エリックがこれまでに信じてきたすべてが、狂う。


 人類を、救うため。

 勇者が生み出されるのは、その、ただ1つの目的のためだ。


 強大な魔王と戦い、窮地きゅうちにある人々を救う。

 その勇者の存在理由を信じ、エリックは[勇者らしく]あろうとした。


 そうして、苦難の道を進んだ先、正しい道を進んだ先には、エリックの行いに対して[正当な]評価が下されるのだと思っていた。


 魔王・サウラを倒したエリックは、英雄として帰還する。

 打ち鳴らされる鐘の音と、舞い散る紙吹雪、万雷の拍手。

 それらに出迎えられ、祝宴が開かれ、平和が取り戻された世界で、エリックは人々と一緒に笑い合う。


 それから、故郷に帰る。

 故郷に帰り、家族と、昔からエリックのことを知っている人々と一緒に、穏やかに暮らす。

 そして、共に困難な旅に向かい、信頼し合う仲間と時折、昔話に花を咲かせる。


 そんな未来が訪れるのだと、そんな未来のためにと、エリックは戦ったのだ。


 だが、現実は、どうだろうか。

 エリックには、最初から、そんな未来など用意されてはいなかったのだ。


「まったく、驚かされましたよ、勇者殿。まさか、あそこまでやられて、生きて戻って来るとは。……聖母様の加護もなしに、いったいどうやってそんな奇跡を起こしたのやら」


 徐々に絶望感に塗りつぶされていくエリックを見下みくだしながら、ヘルマン神父は実にたのしそうに語る。


「なんと、往生際の悪い! 聖母様のおんために、大人しくその命、捧げておれば、[命と引きかえに魔王を倒した英雄]として名を残し、半永久的に人々から称えられたものを! 」


 だが、エリックの耳には、その言葉はほとんど届いていなかった。

 深い絶望の中にあるエリックの精神には、今、外からのどんな声も届きはしないのだ。


「なぜっ!? なぜなのですかっ!? 」


 エリックに代わり、そう憤りの声をあげたのは、バーナードだった。

 彼は鞘から剣を抜き放ち、膝をついたままうなだれ、身体を震わせているエリックを守るように、ヘルマン神父の前へと立ちはだかる。


「なぜなのですかっ!? ヘルマン神父!?

聖母様!!

 どうして、エリックが、こんな目に遭わされるのです!? 」

「……それは、我々にとって、邪魔となる存在だからだよ」


 バーナードの問いかけに、ヘルマン神父は「やれやれ、なんとも勘の鈍い」とでも言いたそうに、呆れたように肩をすくめ、嘲笑ちょうしょうを口元に浮かべながら言う。


「魔王を倒せば、勇者殿は英雄だ。……人類を救った、人類の英雄だ! 」

「それの、なにがいけないというのです!? 」

「くくく……。英雄は、人々から支持される。熱狂的にな! ……それは、聖母様と、我が協会にとって、邪魔なのだよ! 」


 世界を救った英雄・勇者。

 人々は当然、勇者の偉業を称え、その功績を称賛し、勇者という存在をあがめるようになるだろう。


 もし、そうなれば、人々は聖母と並んで、勇者・エリックという存在を信奉するようになる。


 それが、都合が悪い。

 だから、勇者が[英雄]となった瞬間に、始末する。

 ヘルマン神父が言っているのは、そういうことだった。


 それを、教会が独断でやっているというのならば、まだ、エリックには救いがあった。

 しかし、エリックを始末するということは、聖母も承知していたことだったという事実が、エリックに取り返しがつかないほどの絶望感を抱かせていた。


 そして、エリックはある歴史的な事実も思い起こしていた。


 歴代の勇者は、すべて、魔王を倒し、それと引きかえに、命を落としている。

 それだけ魔王の力が強大で危険であるということだとエリックは解釈していたが、現実はそれとは違うと、今のエリックにはわかる。


 聖母と教会が、始末してきたのだ。

 勇者が英雄として人々の上に立ち、聖母に向けられるべく信仰を集めるという事態を封じ、聖母と教会の求心力と威信を保つために。


 何人もの勇者たちが、エリックと同じように裏切られ、始末され、捨てられてきた。


 物言わぬ石像たちが、エリックたちを無言で見つめている。

 魔王を見事に倒したのちは、エリックもその石像たちの中に加えられ、そして、勇者の運命をもてあそんできた聖母たちの権威を飾り立てるのに使われることとなる。


「さて、お話はこれまでだ。……勇者殿。魔大陸ではしくじりましたが、今度こそ確実に、死んでいただきましょう。……なぁに、ご心配なさらず。ご家族には立派に戦って亡くなられたとご報告いたしますし、勇者殿を称える石像もお作りいたしましょう。毎日、信徒たちが丁寧におみがきいたしますよ! 」


 おどけたような口調でそう言うと、ヘルマン神父は剣を抜いてかまえた。


 絶望に飲み込まれようとしたエリックのことを、バーナードが強く叩いたのは、その瞬間だった。


「逃げろ! エリック! 逃げるんだ! 」


 そしてバーナードはそう叫ぶなり、自身の剣を振り回し、周囲を取り巻くヘルマン神父と教会騎士たちへと斬りかかって行った。


 バーナードに叩かれたエリックは、反射的に走り出し、バーナードの突撃で隊列を乱した教会騎士たちの間をすり抜けて逃げ出した。

 それは、まったくの無意識の行動であって、ただ、バーナードに「逃げろ」と言われてから、逃げているのに過ぎない。


(逃げる? ……いったい、なんのために? )


 エリックの脳裏にはそんな疑問が浮かんでいたが、しかし、エリックは走り続けた。


「走れ! エリック! 足を、止めるな! 振り返るな! 」


 エリックを逃がすために孤軍奮闘する、バーナードの叫ぶ声。

 その、エリックにとって最後に残された[真実]である親友の声が、エリックの身体を突き動かしていた。


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