・第34話:「聖母:2」
・第34話:「聖母:2」
聖母は、この場にエリックがいることを知っていた。
それを知ったうえで、謁見を許してくれた。
エリックの胸の中は再び、ジン、と熱くなる。
聖母は、エリックがエリックであるということを、きちんと見抜いてくれたのだ。
「勇者・エリックよ。なぜ、そのような姿で私の前にあらわれたのですか? ……そして、その内側にかすかに潜む、邪悪な気配。……勇者よ。私に、あなたの身になにが起こったのかをお教えくださいな」
その聖母の言葉に、エリックは弾かれるように、魔王軍との戦いの中でなにが起こったのかを話し始める。
魔王・サウラを追い詰め、仲間たちと共に倒したこと。
しかし、その後、エリックと、おそらくはリディアも裏切られ、背後から剣で貫かれたこと。
そして、エリックは、リーチの手によって谷底へと捨てられたこと。
そこから先の言葉は、エリックはもう、泣きじゃくりながら話していた。
魔王軍の生き残りの黒魔術士の手によって、エリックには黒魔術が施され、その内側に魔王・サウラの魂が存在するようになってしまったこと。
目覚めたエリックは、地獄の底のような谷底から、やっとの思いで這い出したということ。
そして、バーナードの助けによって救われ、ようやく、聖母の下へと帰還したこと。
「聖母様……! 聖母様! どうか! どうか、お願いいたします! ……聖母様のお力により、オレを裏切った、ヘルマン、リーチの2人に、正当な裁きを! そして、わが身の内側に潜みし、魔王・サウラを、聖母様のお力で消滅させ、私をお救いください! 」
エリックは一気にそうまくしたてた。
そして、それきりもう、感極まって、言葉を発することができなくなってしまう。
「聖母様。私からも、我が友、エリックの願い、お聞き届けいただけますよう、お願い申し上げます」
そんなエリックに代わって、バーナードがそう願い出る。
「エリックは、見事な勇者でありました。そのようなエリックが、信じていた仲間に裏切られ、そして、魔王・サウラの復活のための黒魔術によって苦しむなど、友として、人として、どうしても納得できることではありません。……私の功績のすべてと引き代えにしてでも、我が友・エリックを、お救いください! 」
その、真に迫った切実な声を、聖母は沈黙したまま聞いていた。
聖母がなにを考えているのかは、仮面の向こうに隠れてみることができない。
ただ、聖母は、聖衣のすそをひるがえしながら、その優美な脚線美を持つ足を組み、じっと、エリックたちのことを見つめていた。
「話は、わかりました。……勇者・エリックよ。あなたは、ここまで困難な道を歩んできたのですね」
やがて耳に届いた聖母の言葉に、うつむいて涙を流していたエリックは、はっ、と勢いよく顔をあげる。
だが、次の瞬間、エリックはその双眸を見開き、自身の耳を疑わなければならなかった。
「ですが……、なぜ、あなたは、私のために、その場で死ななかったのですか? 」
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「聖母、様……? その……、おっしゃっておられることが、よく、わかりません」
言葉を失ってしまったエリックの代わりに、バーナードが問いかける。
どうか、聞き間違いであって欲しい。
エリックはそう祈りながら、聖母のことをもはや礼儀作法も遠慮もなくじっと見つめていた。
そんなエリックとバーナードの前で、聖母は、呆れたようにため息をつき、優雅な動きで足を組み変える。
「私の言葉が、聞こえなかったのですか?
勇者・エリック。
あなたは、私のために、あの場所で死ぬべきであったのです」
嘘だ。
信じたくない。
エリックは動揺し、強くそう思ったが、しかし、現実はエリックの望んでいた姿とは異なっていた。
聖母は、言った。
エリックは、死ぬべきであったと。
あの、ヘルマン神父とリーチによって裏切られ、打ち捨てられた谷底で、誰にも看取られることなく、最後の場所も知られることなく、朽ちていくべきであったと。
そう、聖母は言っている。
自分は、ここまで、いったい、なんのためにやって来たのだろう?
エリックが、正当な裁きと、救いを求めた聖母が、エリックを勇者として選び、人類を救うべく送り出した聖母が、エリックの死を願っていた。
エリックが信じた希望は、そこにはなかったのだ。
そして、エリックもバーナードも、その現実を受け入れなければならなかった。
なぜなら、聖母がその意思を明確に示し、エリックたちがそれを理解して、驚愕と失望の表情を浮かべた瞬間、どこに隠れていたのか、幾人もの教会騎士たちがあらわれ、エリックとバーナードを取り囲んで、一斉に槍の矛先をエリックたちへと向けて来たからだ。
そして、その中には、エリックを裏切ったヘルマン神父の姿もあった。
嗤って、いる。
「やぁ! お久しぶりですな、勇者・エリック。そして、騎士・バーナード。……航海の間、良い夢は見られましたかな? 」
ヘルマン神父は絶望に打ちひしがれているエリックと、慌てて中腰になって腰の剣に手をかけたバーナードの姿を眺めながら、愉悦に満ちた口調で2人のことを嘲笑した。