エピローグ5/5:「救われた世界:2」
エピローグ5/5:「救われた世界:2」
クラリッサは結局、セリスとエミーの家に二泊してから帰って行った。
1日目はセリスとエミーの家で楽しく過ごし、2日目は村を発展させるために忙しく働いているケヴィンやアヌルス、年老いて居眠りばかりするようになっているラガルトと会って、前日と同じように昔話や近況を語り合った。
そうして、3日目の朝。
「ロイの奴が寂しがっているといけないからね」
クラリッサはさっぱりとした表情でそう言って、出立した。
来た時と同じように、クラリッサは、彼女の息子でもある竜騎士の郵便配達に便乗し、魔物と亜人種たちが暮らす村を去って行った。
「ねぇ、おかーさん」
いつになく真剣で深刻そうな様子でエミーがセリスに話しかけてきたのは、クラリッサを見送ったその帰り道でのことだった。
エミーはいつも、元気で明るい少女だった。
自分と周囲との違いに戸惑い、悲しむこともあったが、エミーは多くの時間は笑顔で、無邪気でいる。
だが、その時のエミーからは、そんないつもの様子は感じられなかった。
元気で明るいエミーも、エミーだ。
だが、今のこの、暗く沈んだような様子のエミーも、エミーだ。
セリスは、エミーが幼いながらも、周囲を心配させないために空元気を使うことがあるということを知っていた。
「あら?
クラリッサおばちゃんが帰っちゃって、寂しいのかしら? 」
セリスがわざと明るい声でそう言うと、セリスと手をつなぎ、家に向かう道をトテトテと歩いていたエミーは、小さく首を左右に振った。
それからエミーは、その場でぴたり、と立ち止まる。
それに合わせて立ち止まったセリスがエミーを見おろすと、エミーは、セリスのことをまっすぐに見上げていた。
「エミー、とくべつなの? 」
そしてエミーは、その視線のようにまっすぐに、セリスに問いかける。
「エミー、とくべつだから、まわりのみんなとちがうの?
まわりのみんなとちがうから、エミー、ほかのこがつかえないまほうをつかえたり、おもちゃをこわしちゃったり、ちびなの?
ころんでも、すぐにけががなおるのも、ぜんぶ、エミーがとくべつだから?
エミーが、おかしいから? 」
セリスは、その疑問をエミーからぶつけられた時、言葉を失ってしまった。
おそらく、セリスとクラリッサの会話を、エミーは耳にしてしまったのだろう。
もしくは、それ以前から思っていた疑問を、エミーはとうとう、セリスにぶつけてみようと思ったのかもしれない。
まだ外見も精神も幼いとはいえ、エミーはこの世に生まれてから30年も生きている。
いつまでも、幼く、ちっちゃなエミーのままでいるはずもなかった。
「ええ。
あなたは、特別な子よ、エミー」
セリスは、ほんの一瞬だけ躊躇したのち、すぐにそう言って、エミーと視線を合わせるようにしゃがみこんでいた。
そして、エミーがなにか言葉を返す前に、彼女のことを両手で抱きしめる。
「あなたは、特別な子」
少し驚き、そして不安そうにセリスの言葉に耳を傾けているエミーに、セリスは、優しい声で語りかける。
「私と、お父さんの……、エルフのセリスと、人間のエリックの、大事な、大事な、特別な子供」
「けれど……、みんな、エミーに、いじわるする。
ハーフエルフはおかしい、こわいって、いわれるの」
「それは、あなたに特別な力があるから。
あなたは、他の子たちとは違うの。
だけどね、エミー?
それは、本当はなにもおかしなことではないし、怖いことでもないの。
あなたは、そういうふうに生まれたというだけ。
そして、他の子とは違うということは、他の子にはできないことが、あなたにはできるということでもある。
エミー、あなたは、自分を嫌いになる必要も、他の子たちを恨む必要もない。
あなたに他の子と違う力があるというのなら、その力を上手にコントロールして、そして、その力を、みんなのために使うの」
「みんなの、ために……? 」
「そう。
エミー、あなたには、あなたにしかできないことが、きっとある。
なぜなら、あなたは私と、お父さんの、特別な子供だから。
そして、その力を、困っている人、みんなのために使うの。
あなたのお父さんが、そうしたように。
そうすればきっと、誰も、あなたのことをこわがらない。
あなたのことを、おかしいなんて呼ばない。
あなたはその特別な力で、みんなを幸せにして……、あなた自身も、幸せになるの。
そうなるために、あなたは生まれてきたのだから」
「……。
うん、おかあさん」
エミーは、セリスに抱きしめられたままうなずく。
その声はもう、いつもの、元気で明るいエミーのものだった。
「エミー、がんばるね、おかあさん!
みんなをしあわせにして、エミーも、しあわせになるの! 」
そしてセリスの手の中から素早く逃れたエミーは、自身の家へと駆けて行き、途中で立ち止まってセリスの方を振り返ると、そう笑顔で言った。
「ええ。
頑張りなさい、エミー。
おかあさんも、頑張るからね」
元気よく駆けていくエミーの背中を、セリスは、安心したような、少し誇らしげな様子で見送った。
セリスが立ち上がると、辺りを、心地よい風が吹き抜けていく。
風はまるでなにかをささやきかけるように、さわさわと草花を揺らし、セリスの髪を揺らして、いずこかへと旅立って行った。
「エリック……」
なぜだかセリスは、エリックのことを思い出す。
どういうわけか、その風は、エリックがセリスに語りかけるために吹かせたもののように、そう思えたからだ。
どうして、この場にエリックはいないのか。
そう思うと、セリスの胸の内はいつも絞めつけられたようになって軋み、寂しさと悔しさでいっぱいになってしまう。
エリックは、結局、聖母のいない世界を見ることができなかった。
きっとこの世界の誰よりもその未来を見る資格があり、導く力があったはずなのに、エリックは自分という存在を、聖母を滅ぼしてこの世界を救うという目的のために使い果たしてしまった。
そのことを未練に思っているのは、エリック自身に違いない。
だが、セリスには、エリックはそのことを後悔はしていないだろうと、わかっていた。
「ありがとう。
私も、あの子も、大丈夫だから」
セリスはそう、ここにはいない誰かに向かってささやくように言うと、またこちらを振り返って手を振っているエミーに追いつくために歩き始める。
エリックがつかみ取った未来。
その未来を、セリスはこれからも精一杯に生き続け、そして、エリックがなにを成し遂げたのかを、いつの日か彼に教えてやるつもりだった。
本作を最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。
作者の熊吉 (モノカキグマ)です。
本作ですが、けっこう試練パートが長く、また、主人公も未熟者だったのですが、最後に来てようやく一皮むけて、きっちりとすべてに清算をつけさせることができたのかなと思っております。
読者様に少しでも楽しんでいただけたことを、願っております。
ところで、熊吉、本日より新作も投稿しております。
タイトルは、[殺陣を極めたおっさん、異世界に行く。村娘を救う。自由に生きて幸せをつかむ]です。
こんなアラフォーになりたいと思って書き始めた作品になります。
異世界に転生したアラフォーのおっさんが、ちゃんばらしまくり、冒険しまくりの作品となる予定です。
転生する前の主人公の人生をちゃんと書きたかったので序章長いですが、もしよろしければこちらもお読みいただければなと思います。
また、本作と同時投稿して来た、[メイド・ルーシェ]シリーズも、よろしくお願いいたします。
これからもより多くの読者様に楽しんでいただけるよう、頑張らせていただきます。
どうぞ、熊吉 (モノカキグマ)を、よろしくお願い申し上げます。