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エピローグ4/5:「救われた世界:1」

エピローグ4/5:「救われた世界:1」


 楽しそうに、時に悲しそうに、寂しそうにおしゃべりを続けていたセリスとクラリッサだったが、唐突に会話をやめると、お互いの顔を見合わせ、それから、うふふ、と小さな声で笑った。


 2人が話し込んでいるうちに、エミーが眠ってしまい、あどけない、無防備な表情で、くー、くー、と穏やかな寝息を立てているからだ。

 その寝顔は幸福そのもので、口の端からはよだれが垂れそうになっている。


「それにしても、ねぇ」


 そんなエミーを抱きかかえて寝床に寝かせてきたセリスが席に戻ってくると、クラリッサはどこかいたずらっぽい笑みでセリスのことを出迎えた。


「まさか、セリスさんが、あのエリックの子供を産んで、育てているなんてねぇ。


 あの時は、こうなるなんて少しも思わなかったよ」


「それは……、私が一番、そう思っているわよ」


 するとセリスは、少し寂しそうな笑みを浮かべながらうなずく。


 その表情を目にしたクラリッサは、それ以上、エリックのことを口にしなかった。


 あの戦いの後。

 聖母を滅ぼした後。


 セリスもクラリッサも、反乱軍の人々も、必死になってエリックの姿を探したが、ついに見つけることができなかった。


 行方不明なのだから、生きているかもしれない。

 そんなふうに希望を持とうかとも考えたが、しかし、状況的にそれは絶望的なことだった。


 ただ、心臓を破壊されたことで崩壊した聖母の身体の中からは、聖母の心臓に突き刺された聖剣だけが発見された。


 その聖剣は今、魔法学院の奥深くで、厳重に保管されている。

 聖母を倒し、この世界を救い、用済みになった勇者を始末するという呪われた役割から解放され、真の聖剣となったそれは、元々有している力だけではなく、政治的に大きな効果を持つようになってしまったからだ。


 聖剣を持つ者こそ、この世界を統べるべき選ばれた者。

 人間たちの間で聖剣はそんな風な扱いを受けており、そのため、レナータは魔法学院で厳重に管理することを決め、歴代の学長はその方針を受け継いでいる。


 破壊しようという案も出されたが、それは、できないことだった。

 なぜなら、その聖剣の存在こそ、エリックという存在がこの世界にあったという証明になっているからだ。


 そして、聖剣は聖母という存在との激しい戦いがあったという証拠でもあるのだ。


 人間も魔物も亜人種も、やがてなにがあったのかを忘却していく生き物だ。

 それを体験した本人が忘れずとも、いくつもの世代を重ねていくうちに記憶は薄まり断絶し、忘れ去られていく。


 人々があの戦いのことを忘れ、多種族間の融和という精神が失われないようにするためには、聖剣を残し続けるしかなかった。


「私は、大丈夫よ? 」


 黙り込んでしまったクラリッサに、セリスは気丈に微笑んでみせる。


「確かに、エリックがいなくなってしまったことは寂しいけれど……。

 エミーが、いてくれるから。


 けれど、エミーは……、かわいそうに」


「きっと、エミーちゃんは幸せだろうけどね」


 表情に影が落ちたセリスに、クラリッサは言葉をろうせず、短くそう答える。


 エミーは、エリックとセリスの間に生まれた子供。

 つまりは、人間とエルフのハーフだ。


 そしてこの世界では、ハーフエルフという存在は、類を見ない。

 長い歴史の間、敵対し続けた人間とエルフとの間には、子供が生まれるという事象は存在しなかったからだ。


 それだけではない。

 エミーは、魔王・サウラの力をも引き継いでいるようだった。


「やっぱり、安定しない? 」


 言葉少なにたずねるクラリッサに、セリスはコクン、とうなずく。


「成長も、他のエルフの子供たちとは同じようにはいかない。

 本人は、ちょっと遅れているだけだって思っているけれど、でも、影響はあると思う。


 だって、一晩で急に何センチも身長が伸びるなんてこともあったんですもの。


 それだけじゃ、ない。

 時々、エミーは、特別な力も見せるの。


 あんな年頃では、いくらエルフの血を引いているからと言って、とても使えないような高度な魔法を使ってみせたり、時々、信じられないような怪力を発揮したり。

 傷の治りも、すごく早いの。

 簡単な擦り傷なら、いくつか数を数えているうちに消えてしまうくらいに。


 本人は、それが特別な力だって、普通じゃあり得ないことなんだって、知らない。

 けれど、いつかはそれを、あの子は知らなければならない。


 その時、私、どう伝えたらいいのか……」


 エミーには万が一にも聞かれることがないように、クラリッサにだけ聞こえる、小さな声で。

 だが、その声は、不安と、心配とで震えている。


「大丈夫、力になるから。

 あたしが、生きている限り。


 それに、セリス、あなたにはお兄さんも、アヌルスさんもいるのだから。


 悲観的になることはないよ。

 エミーちゃんに特別な力があったとしても、それは、見方を変えるなら、エミーちゃんがアイツの娘さんだっていう証拠だし、それに、もしかするとこの世界を大きく、もっと良い方向に変えていく力になってくれるかもしれないし。


 アイツが、この世界を救ってくれたみたいに」


 クラリッサはこういう時、余計な飾り立てをした言葉は使わない。

 どれほど言葉を並べ立てるよりも、大事なことだけをそっと、だが、まっすぐ、確かに伝えることが、一番良いと知っているからだ。


「ありがとう、クラリッサ」


 セリスは少し表情を明るくすると、そう言ってうなずいていた。


「それにしても、クラリッサ。

 あなた、年々しわが増えていくけれど、魔法を使ったりはしないの?


 人間の魔術師たちの間には、容姿を若々しく保ったり、少しなら寿命を延ばせたりする方法も、知られているのでしょう? 」


「あー、うん、そうなんだけどさー」


 少し元気を取り戻した様子のセリスに安心したのか、クラリッサは苦笑し、軽く頬を指でかきながらこたえる。


「命ある限りは、なんて言っておいて、アレなんだけどさ。


 あんまり長生きしちゃうと、ロイの奴が寂しがるかもしれないからねー。

 ま、ロイが生きている間くらいは、私も頑張るけど、それから先は、あんまり無理をしないつもり」


「そう……」


 そのクラリッサの答えに、セリスは小さくうなずく。

 その表情には、若干の羨望せんぼうの色が浮かんでいた。


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