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・第333話:「旅の果てに」

・第333話:「旅の果てに」


 聖母のいなくなった、世界。

 その世界できっと、生き延びた者たちは、新たな未来を形作っていくことだろう。


 人間と、魔物と亜人種たち。

 聖母が自らの支配を継続するために生み出した、[戦争という仕組み]の中で生きてきたこの世界の種族は、共存を模索し始めるのに違いない。


 共に手を取り合って、生きていくことができる。

 その事実を、人間も、魔物も亜人種たちも、聖母との戦いの中で学び取ることができたはずだからだ。


 今まで戦い合い、殺し合うことしか知らなかった種族たちが共存していくことは、決して簡単なことではないだろう。

 なぜなら、対立して来た2つの陣営の間には、長年の戦いによって積み重ねられ、圧縮されて凝り固まった、深い憎しみや恨みがあるに違いないからだ。


 友人を、家族を、奪われた者たちがいる。

 故郷を破壊され、流浪の末に、窮乏きゅうぼうを強いられた者たちがいる。


 問題はきっと、聖母の都合によって生み出された種族間の対立だけではないだろう。

 聖母が信じていたように、おそらくはきっと、種族内での対立が始まるだろう。


 聖母という、絶対と信じてきた支配者を失った、人間たち。

 人類という種族を束ねていたタガを失った人間たちは、聖母が言ったように、いくつもの派閥に分かれて分裂し、互いに争い合うようになるかもしれない。


 そうならないで欲しいと、きっと、そうなることはないと、エリックも信じたい。

 だが、反乱軍のリーダーとして、多くの諸侯を傘下に加えて戦ったエリックは、聖母の言葉通りに人間たちは争い始めるに違いないと思っている。


 人間にはそれぞれの思想があり、立場がある。

 異なる考え方は不理解を生み、対立の火種となる。

 利害が一致しなければ、自己の権利や利益を守るために、争うこともあるだろう。


 もし、エリックが生き延びることができれば、それは防げることかもしれなかった。

 聖母を倒しこの世界を救った真の英雄として、唯一絶対の救世主として、エリックこそが聖母に成り代わってこの世界を支配すれば、人間たちをまた1つに束ねて、内部分裂を防ぐことができるかもしれない。


 だが、そうして表面上は平穏をとりつくろったとしても、それで、夢のような素晴らしい世界ができるとは限らなかった。

 なぜなら、エリック自身が、そうやって世界の支配者となった者が傲慢ごうまんとなり、救世主だったはずが、いつの間にか世界に災いをもたらす者となってしまったことを知っているからだ。


 聖母は、間違いなく、人間にとっては救世主だったのに違いない。

 [家畜]として[飼われ]、支配者たる神々とその下にある魔物や亜人種たちから虐げられ、労働力として死ぬまで働かされ、時に、生贄いけにえとして神々に食われることさえある。

 そんな絶望的な世界から人間を救済したのは、聖母だ。


 だが、聖母はそれまで人間が受けてきた復讐ふくしゅうのために、そして、平和を保つためという大義の下に、大勢の人々を犠牲とし続ける[戦争という仕組み]を生み出し、人類軍と魔王軍は延々と戦い続けてきた。


 ましてや、聖母は自身がいなくなってしまえば人類は内部分裂して争い始めるからという理由で、かつて神々が人間にしていたように、大勢の人間の命を吸い取って生きながらえてきたのだ。


 人間が受けた過酷な仕打ちに対する復讐ふくしゅうのため。

 そして、人間同士が争うことを防ぎ、より大きな犠牲を防ぐため。


 聖母はそれを大義名分として、聖母が小さい、あるいは必要だとみなした犠牲を積み重ねてきたのだ。


 自分は、聖母とは違う。

 エリックは何度でもそう断言することができる。


 しかし、エリックもまた、聖母を倒すための戦いを始めるその出発点は、復讐ふくしゅうであったのだ。


 かつて聖母が、思い人を食った神々に対し、復讐ふくしゅうすると誓ったように。

 エリックもまた、自身を裏切った者たちに対し、復讐ふくしゅうをすると誓った。


 そしてエリックは、それを果たしたのだ。

 聖母が、神々を滅ぼしたのと同様に。


 それは、絶対に必要で、正しいことだったとエリックは断言できる。

 自身の復讐ふくしゅうというだけではなく、この世界を救うという目的のためにこそ、自分は戦ったのだと、胸を張って宣言できる。


 しかし、エリックは、自身が新たな支配者となったその後に、聖母のように変質し、歪んだ支配者にならないという確信は抱くことができなかった。


 エリックたちからすれば、聖母の主張は歪んだ悪でしかない。

 だが聖母は、その最後の瞬間まで、それが正しいことであると信じていたはずなのだ。


 聖母を滅ぼしたこの世界の救世主であり、勇者と魔王の力を持った、唯一の存在。

 聖母亡き世界で君臨するエリックに、逆らえる者など誰もいないだろう。


 そして、反対意見を述べる者が誰もいない状況で、なにもかもが自分の思惑通りに進められるような権力を手にしておいて、絶対に腐敗することはないと、そう断言する自信はエリックにはなかった。


 もっとも、聖母を滅ぼしたことで、急速に自身が消滅しつつあることを自覚しているエリックにとっては、それは、あまり意味のある想像でもないのだが。


(オレが……、消えていく)


 エリックは、自身の肉体の感覚が鈍くなり、視界もかすんで、段々と自身の心の内側の精神の世界に引き込まれていくのを感じながら、穏やかな微笑みを浮かべていた。


 自分は、ここで消える。

 聖母が言った通りに、死んでいく。


 ここで消え去っていくエリックには、この世界の未来がどうなるのかは、わからない。


 だがエリックは、この世界で再び、凄惨な戦争が起こることにはならないと信じることができた。

 なぜなら、そうならないために努力をし続けてくれる者たちがいることを、エリックは知っているからだ。


 エリックと共に戦った、仲間たち。

 あまり長い期間、同じ時間を過ごしてきたわけではないが、それでもエリックは、生き残った仲間たちが懸命に[戦い続けて]くれることを知っている。


 その未来を、共に見ることができないのは、寂しい。


 だが、エリックは、自身という存在が徐々に薄くなり、輪郭が崩れ、消え去ってくのを感じながらも、どこか、満ち足りたような気持だった。


 そしてそれは、エリックの内側にいる、もう1人。

 最強の敵であり、最良の相棒であったサウラも、同じ気持ちであるようだった。


(エリックよ。


 我は、汝と共に戦えたことを、誇りと思う)


 エリックの中で響く、おそらくはサウラの、最後の言葉。

 その言葉は穏やかなもので、深い実感がこめられたものだった。


 サウラに向かって、自身という存在が消滅する最後の瞬間、エリックは満面の笑みを浮かべて見せる。


(ああ、オレもだ、サウラ)


本作はこれで本編完結となります。


ここまで読んでくださった読者様、ありがとうございました!

元勇者・エリックの物語、少しでもお楽しみいただけたのなら嬉しいです。


ただ、本作はもう少しだけ続きます。

エピローグとして、5話分の投稿を予定しております。


11月からは新作の投稿も開始いたしますので、もしよろしければ、熊吉の新作も合わせてお楽しみいただけますと嬉しいです。

どうぞ、これからも熊吉をよろしくお願い申し上げます!

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