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・第329話:「聖母の姿:1」

・第329話:「聖母の姿:1」


 エリックとサウラの怒りと、渾身こんしんの力をのせた一撃。

 ようやく聖母の身体をとらえた聖剣の刃は、聖母が身に着けていた黄金の仮面を打ち砕いていた。


「ギヤァアアアアアアアアアアッ!? 」


 黄金の仮面を打ち砕かれた聖母は、金切り声でおぞましい悲鳴をあげ、両手で顔面を抑えながら身体をのけぞらせた。


 一瞬だけあらわとなった、聖母の素顔。

 それは、決して醜いものではなかった。


 若々しい、20代の女性の顔。

 その容姿は整い、誰もが美しいと認めるだけのものを持っている。


 おそらくは、聖母が神々を滅ぼし、この世界の支配者として君臨するようになった時から、変わらない姿。

 彫像のように作られた、理想の[神]としての素顔。


 だが、エリックはその聖母の顔を目にしても、なんの感慨も抱かなかった。

 なぜなら聖母は、エリックにとってこの世界の支配者などではなく、滅ぼすべき悪、そのものだからだ。


「なにが、永遠の命だ!?

 なにが、未来永劫続く、幸いだ!!? 」


 エリックは、仮面を砕かれた際に顔面に傷を負ったのか、顔を抑えながらよろよろとした足取りで後ずさっていく聖母に向かって聖剣を振り上げ、鋭く踏み込みながら、叫ぶ。


「たとえ、お前を滅ぼした瞬間、オレの命が、終わってしまうのだとしても!


 今さら、そんなことは!

 お前を生かしておく理由には、ならない! 」


 そしてエリックは、聖剣を正確な軌道で聖母の首筋へと振り下ろしていた。


 聖母の誘惑を、エリックが笑った理由。

 それは、聖母が見せていた余裕、聖堂に追い詰められても悠然とかまえ、沈黙を保っていた根拠が、聖母を滅ぼせばエリックも死ぬということだったからだ。


 もちろん、エリックだって、サウラだって、進んで死にたいわけではない。

 もしかなうのであれば、聖母がいなくなり、平和になった世界で、末永く幸福に暮らしたいとそう思っている。


 だが、同時に、とうの昔に覚悟を固めているのだ。


 サウラは、聖母の操り人形としての自分ではなく、聖母によって虐げられる魔物や亜人種たちの唯一の希望としての、真の[魔王]として戦うと決心したその時から。


 エリックは、親友であったバーナードを、自らの手でほふったその時から。


 たとえ聖母と刺し違えとなってでも、聖母という存在を滅ぼすと、誓っていた。


 それなのに、聖母は、自分を滅ぼせばエリックとサウラも死ぬのだと告げれば、2人とも聖母を滅ぼすことを躊躇ちゅうちょし、聖母の下に膝を屈すると、そう思っていた。


 その、あまりにも甘い考え。

 かつて策略によって神々を滅ぼしたほどの聖母が、無邪気にエリックとサウラが死を恐れて屈すると考えていたことが、エリックには滑稽こっけいだった。


 たとえ、ここで聖母の誘惑に屈して、生き延びたのだとしても。

 その先の世界には、エリックが会いたいと心の底から願っているデューク伯爵も、エミリアも、バーナードもいない。


 そんな世界で自分だけが生き続けたのだとしても、なんの意味も見出すことができない。


 そしてなにより、ここで聖母の言いなりになってしまえば、聖母の支配の下、多くの人々が犠牲となる世界が続くのだ。

 今も生き残っている、クラリッサや、ガルヴィン、レナータといった人々。

 ケヴィンも、アヌルスも、ラガルトも。


 そして、セリスも。


 エリックにとって、サウラにとって、大切だと思う仲間たちはみな、聖母の支配によって犠牲とされてしまうのに違いない。


 そんな世界を、エリックもサウラも、望まないし、必要としてもいない。


「滅びろ、聖母! 」(滅びろ、聖母! )


 今、エリックとサウラの心は、完全に一致していた。


 そして、振り下ろされた聖剣は、拍子抜けするほどあっさりと、聖母の首をねていた。


────────────────────────────────────────


 エリックが鋭く聖剣を振るったのに、ほんの一瞬だけ遅れて、斬り捨てられた聖母の両手と、首が、宙を舞う。

 そしてその鋭利な切り口からは、勢いよく、鮮血が噴出した。


 その血の色は、赤い。

 かつて人間だったと、聖母自身がそう語った内容を証明するような、鮮やかな血潮だった。


 その整った容姿と同じように美しい、金の糸で作られているような長い髪を振り乱しながら宙を舞う聖母の表情は、驚愕きょうがくの形で固まっていた。


 聖母を一刀のもとに斬り捨てたエリックだったが、達成感はなかった。

 あったのは、釈然しゃくぜんとしない、(あの聖母が、本当に……? )という、不安だった。


 そしてその不安は、的中した。


「なっ、なんだッ!? 」


 エリックは目の前で聖母の身体に起こった変化に、驚いて目を見開く。


 聖母の身体は、爆発していた。

 いや、そうエリックが錯覚するような速度で、急速に肥大化していた。


 エリックが聖剣で斬り裂いた、その切り口から。

 半透明の、軟体生物の体のようにうねる触手状のものがあふれ出るように飛び出してくる。


(エリック! )


 驚いているエリックに代わってサウラが翼を動かし、エリックの身体を聖母から遠ざけてくれる。


 その判断は、正しい。

 聖母の爆発的な肥大化は終わらず、聖母が身に着けていた衣服を引き裂き、エリックの聖剣による切り口以外の場所からも、急激な巨大化が始まったからだ。


 もしサウラがエリックを逃がしてくれなかったら、エリックはきっと、聖母から肥大化した体組織によって巻き込まれていただろう。


 そしてその変異した聖母の身体に触れることは、危険であるようだった。

 聖母の肥大化に巻き込まれないよう、逃げるエリックの身体に一瞬、聖母の肥大化が追いつき、触れた瞬間、なんと表現すればよいのかわからない、不快な感覚をエリックは覚えた。


 身体から力が抜けるような、自分という存在が細切れにされて分断され、問答無用で引き込まれるような。

 自分という存在が、底の知れない邪悪な闇の中に、引き込まれるような感覚。


「命を、吸い取るのかっ!? 」


 その感覚をエリックはそう理解し、同時に、聖母に捕らわれないよう、全力での逃げに入った。


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