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・第33話:「聖母:1」

・第33話:「聖母:1」


 聖都の中心、聖母の鎮座する場所として建てられた巨大な聖堂の尖塔で、鐘が打ち鳴らされている。

 それは、勇者と聖女と共に魔王・サウラと戦い、見事にその役割を果たした英雄、バーナードを迎えるためにかなでられる、歓迎の音色だった。


 聖堂に最寄りの桟橋につけた船から降りたエリックたちを、教会騎士団と教会の聖職者たちが整列して出迎える。

 そして、聖堂へと至る道には鮮やかな赤色をした絨毯じゅうたんかれ、居並ぶ騎士と聖職者たちの向こうからは、教会に仕える信徒たちから色とりどりの紙吹雪が浴びせられた。


 それは、エリックが、勇者としての務めを果たしたのちに凱旋がいせんする際に、(きっと、こんな風だろうな)と思い描いていた光景だった。


 だが、その栄光は、今、バーナードへと向けられている。

 なぜならエリックは、死んだことにされているからだ。


(聖母様にお会いすれば、必ず……)


 バーナードが用意してくれた全身鎧に身を包み、顔を隠したエリックは、自分もバーナードと一緒に受けることができたはずの栄光の光景を眩しそうに眺めながら、奥歯を強く噛みしめた。

 ヘルマン神父とリーチがエリックを裏切りさえしなければ、エリックはこんな風に隠れて帰って来る必要もなかったのだ。


 出迎えの人々に笑顔で手を振っていたバーナードだったが、彼はエリックの方を振り返ると、「行こう」とでも言うように、真剣な表情でうなずいてみせる。

 それにエリックもうなずき返すと、バーナードと共に、栄光の道を聖母の下へ向かって歩き始めた。


(なんにせよ、聖母様にお会いできれば、すべて、うまくいく)


 自身の心の内側で煮えたぎる復讐心をそう思うことでなだめすかし、どうにか平常心を保ち続けるエリックの内側で、魔王・サウラは、無言のまま。


 ここしばらくの間、ずっと、サウラはエリックに語りかけて来はしない。

 それがやはり、不気味ではあったものの、(もうすぐすべてが終わるのだ)という安心感の方が、エリックの中ではよほど大きかった。


────────────────────────────────────────


 聖堂は、多くの信徒たちを出迎えるための[表]と、聖母と、その身の回りの世話をする使用人や高位の聖職者、教会騎士たちだけが立ち入ることのできる[裏]とに分かれている。

 エリックたちが導かれたのは、その、[表]の方だった。


 人々に見せるために作られた[表]は、聖都の壮麗さを凝縮したような作りになっている。

 建物は大きく、高く、その内部も広く、天井がかすんで見えるほどだ。

 そして、優れた職人が手間暇をかけて施した無数の彫刻と、広大な建物の内部にふんだんに陽光を取り入れるステンドグラスが、その壮麗な印象をより強めている。


 聖堂の内部は、いくつもの石造りのアーチを組み合わせて作られた、広い空間だった。

 エリックたちをまず出迎えたのは数千人もの信徒が一度に集まって聖母に祈りを捧げられるほどに広い礼拝堂だ。

信徒たちのために無数の座席が用意されているだけでなく、その中央には噴水と、その噴水から噴き出る水を流すための水路が置かれ、その場所に特別な雰囲気を与えている。


 聖母は、その礼拝堂の奥で、エリックたちを待っていた。

 エリックたちは高位の聖職者たちの案内でその、聖母が待っている謁見えっけんの間へと通され、とうとう、聖母と会うことができた。


 謁見えっけんの間は、礼拝堂と同じように石造りのアーチを組み合わせて作られた、壮大な空間だった。

 高く作られたステンドグラスからは様々に色づけされた光が降り注ぎ、天井からは魔法の力で輝くシャンデリアがいくつも吊られ、暗闇などどこにも残らないほどに明るく照らされている。

 そして、その明かりの下では、これまでくり返されて来た魔物たちとの戦いの中で犠牲となって行った歴代の勇者たちの彫像が並び、その勇気と栄光を称えられている。


 それは、地上の支配者として、人々にあまねく恩恵をもたらす聖母という存在を体現しているかのような空間だった。

 荘厳そうごん

 息をのむような美しさと、自然と身の引き締まるような威厳とを称えたその空間は、人類の守護者である聖母にふさわしいと思える場所だった。


 そして、その奥で、聖母がエリックたちのことを待っていた。

 おそらく聖母が待っていたのはエリックのことではなくバーナードであるはずだったが、それでも、エリックの胸の中はジンと熱くなった。


 ヘルマン神父とリーチに裏切られ、谷底へ捨てられてからの出来事。

 その濃密な記憶がよみがえっては消え去って行き、


「聖母様。急な謁見えっけんをご許可いただき、深く、感謝申し上げます」


 謁見えっけんの間へと入ったエリックとバーナードは、入り口近くで聖母に向かってひざまずき、死んだことになっているエリックに代わってバーナードがまず、そう挨拶した。


 それが、作法なのだ。

 聖母と謁見えっけんする者はまず、ひざまずき、そして、聖母からの許可を得てからでないと、顔をあげて話をするか、より近づくかをすることは許されない。


 聖母までの距離はかなり遠かったが、このために謁見えっけんの間には魔法がかけられており、謁見えっけんする者の声が聖母まで届くようにされている。


「バーナード。よくぞ、戻られましたね。……さぁ、もっと近くに。あなたのご無事な姿を、わたくしによく見せてくださいな。あなたの、忠勇なる騎士殿もご一緒に」


 かしこまっているバーナードとエリックに、聖母の透き通った美しい声が聞こえてくる。

 それは、聞く者の心をゾワゾワと震わせるような、魅惑的な声だ。


 再び聖母の声を聞くことができたことに感動を覚えながら、バーナードとエリックは聖母の近くまで進むと、再びひざまずいた。


「さぁ、バーナード。顔をおあげなさい。そして、どのような戦いであったのかを、わたくしに教えてくださいな」


 そんなバーナードに、聖母は仮面の下から、優しく問いかける。

 すると、バーナードはゴクリ、と喉を鳴らした後、少し逡巡しゅんじゅんしてから勢いよく顔をあげ、必死の表情で聖母に言った


「聖母様。……我が身に代えて、お願いしたいことがございます」

「あなたの身に代えて、願いたいこと? 」


 そのバーナードの言葉に、聖母は軽く首をかしげ、それから、「うふふ」、と、すべてを見通しているような悠然とした声で微笑んだ。


「それは、その、あなたの隣にいる騎士。……勇者・エリックのことですか? 」


 その聖母の言葉に、エリックは思わず身体を震わせ、それから、バッ、と勢いよく顔をあげていた。


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