・第328話:「お前はもう、用済みだ! 」
・第328話:「お前はもう、用済みだ! 」
聖母を滅ぼした瞬間、エリックも死を迎えることになる。
その事実を突きつけた聖母は、悠然とした態度でエリックのことを見つめていた。
おそらく、その黄金の仮面の下で、聖母は愉悦の笑みを浮かべていることだろう。
「さぁ、どうするのです?
エリック、そして、サウラよ。
私を滅ぼせば、お前たちも死んでしまうのです。
お前たちがもし、未来を手にしたいというのならば、私を滅ぼしてはならないのです。
死は、すべての終わり。
後には何も残らず、永遠の空白が存在するだけ。
それは、おそろしいことですよ? 」
聖母を斬り裂こうとエリックが聖剣を押しつける力が弱まった。
そのことを感じ取ったのか、聖母はエリックを誘惑するようにささやき続ける。
「ですが、もし、貴方たちが私を滅ぼさなければ、貴方たちは決して、死ぬことはない。
私が、貴方たちに無限の未来を約束しましょう。
ヘルマンに、リディア。
ヘルマンはその愚かさゆえに死にましたが、あの者たちは、私と同様、不老不死の存在です。
その力を、エリック、サウラ、貴方たちに与えましょう。
私の力で、お前たちを1つの身体に押し込めている黒魔術も、解いて差し上げましょう。
もちろん、貴方たちにはそれぞれ、新しい身体を用意しましょう。
貴方たちが望む容姿、望む力を有した、素晴らしい肉体をおつくりしますよ?
決して、悪いようにはいたしません。
私に従い、これまで通り、私にこの世界の支配を委ねてくだされば、私は誓って、貴方たちが望むすべてを与えましょう。
貴方たちは、永遠の命と、未来永劫の幸いを手にすることができるのです」
聖母の誘いは、チープな、ありきたりなものだった。
だが、ありきたりであるということは、誰でも魅力を感じる条件だということでもあった。
永遠の命。
不老不死。
未来永劫続く、幸福。
聖母が約束を守るはずなどない。
そう思いはするものの、聖母であれば、実際にそれだけのことをする力を有している。
実現すれば、文字通り、エリックとサウラには、無限の未来が約束されるのだ。
欲しいものはすべて手に入る。
やりたいことは、飽きるまでやることができる。
なんの苦労も代償もなく、すべてを望むままにすることができる暮らし。
誰もが1度は思い描くような、あり得ないような贅沢な生活が、これからずっと続くのだ。
エリックもサウラも、沈黙していた。
そしてその沈黙を、自身の誘惑に魅力を感じ、葛藤していると思い込んだ聖母は、最後の一押しとばかりに、言葉を続ける。
「エリック、そしてサウラよ。
よく、考えるのです。
私を滅ぼしてしまえば、貴方たちはすべてを失ってしまうのです。
そんなの、つまらないとは思いませんか?
私に従い、再び、この世界に秩序と平和を取り戻すのです。
そうして、これまで通り、人類に対してつぐない難い罪を犯した魔物と亜人種どもを敵として、人類を団結させ、統治していくのです。
いったい、なにを躊躇う必要がありましょう?
魔物と亜人種のことなど、配慮するのに及ばないことです。
あ奴らはかつて、過酷に人類を苦しめたのですから、今、そして未来もずっと、苦しみ続けるのは当然の報いなのです。
私と共に、この世界を支配し、富貴と悦楽を存分に楽しむことこそ、価値あることでしょう」
だが、そこまで言葉を続けた聖母は、口をつぐんだ。
なぜなら、聖母の目の前でエリックが突然、笑い始めたからだ。
それは、乾いた笑い声だった。
だが、心底おもしろがって笑っているような、そんな笑い声だ。
エリックは、まるで気でも狂ってしまったかのように、笑い続けた。
聖母は、そんなエリックのことを呆気にとられたように、見つめている。
だが、すぐに聖母は、慌てたように身構え、自身を守っている魔法障壁により強い魔力をこめなければならなかった。
エリックが笑うのをやめた瞬間。
これまでにないほど強い力で、エリックが聖母に向かって聖剣を押し込もうとしてきたからだ。
「笑わせるなよ、聖母! 」
エリックは、その表情に侮蔑の笑みを向けながら、叫ぶ。
「確かに、大昔に魔物や亜人種たちは、神々と一緒になって、オレたち、人間を虐げたのだろうさ!
お前が言うように、大勢の人間が犠牲になったのだろうさ!
だが、それは大昔のことだ!
オレが生きてきた世界とはまるで違う、おとぎ話の中の出来事でしかない!
今、この世界は!
神々でも、魔物や亜人種でもなく!
聖母!
お前によって、歪んだ支配を受けている!
お前が仕組んだことによって、大勢が犠牲になっているんだ!
お前は、確かに、神々から人間を救ったのだろうさ!
だけどな、聖母!
今は、お前が神々に成り代わって、人間や、魔物や亜人種たちに、犠牲を強いているんだ!
数えきれないほど、大勢を!
数々の、勇者たちを!
オレの、父上を!
オレの、妹を!
オレの、親友を!
そして、オレ自身を!
お前はもてあそんで、犠牲にしようとした!
お前は、救世主なんかじゃない!
かつて人類を家畜として飼い、食らった、神々そのもの!
この世界に苦しみをもたらす、悪意そのものだ!
そんな存在、オレは、必要としない!
オレは、お前を認めないッ!
本当に、お前が人間を神々から救ったのだとしても!
お前は堕落して、傲慢になり、この世界のすべての災いの元凶になった!
聖母!
お前はもう、用済みだ! 」
「このっ、愚か者めらがっ! 」
聖母の声に、濃密に焦りの色がにじむ。
「ウォアアアアアアアアアアッ! 」
その聖母に向かって、エリックは、雄叫びをあげながら聖剣を押し込んでいく。
そして、次の瞬間だった。
エリックが振るう聖剣は、聖母の魔法防壁を打ち破った。
ガラスが砕け散るような、激しく、甲高い破壊音。
その音があたりに響くのと同時に、エリックの聖剣はとうとう、聖母をとらえていた。