・第327話:「お前は、死ぬのだ」
・第327話:「お前は、死ぬのだ」
「滅びろ、聖母! 」
エリックはそう叫ぶと、聖剣を振り上げ、雄叫びをあげ、聖母へと向かって行った。
今までよりもはるかに近い距離から始まった、エリックの突進。
その攻撃を前にした聖母は、もう、その悠然とした態度を保っていることはできなかった。
「愚か者ッ! 」
聖母はそう苦々しげに叫ぶと、再び腕をふるって、エリックと自分自身との間に魔法防壁を生み出していた。
「ぐっ!!? 」
再び聖剣を受け止められてしまったエリックは、憎々しげに聖母のことをにらみつける。
すると、聖母はまた余裕を取り戻したように、仮面の下でエリックのことを嘲笑した様だった。
「いいのですか? エリックよ。
あなたは、私を滅ぼせば、それと同時に、死ぬことになるのですよ? 」
「今さら、命乞いかっ!? 」
エリックは聖母のことを嘲笑し返しながら、聖剣に力をこめる。
このままでは、聖母を倒せない。
エリックとサウラの力だけでは、聖母の守りは崩すことができない。
そうわかってはいたが、しかし、だからと言ってあきらめる必要もないということを、エリックは理解していた。
なぜなら、今は周囲に誰もいなくとも、必ず、エリックの仲間たちが駆けつけて来てくれるからだ。
聖母は空間転移の魔法を使って、エリックを、聖堂の尖塔の最上階に転移させ、他の仲間たちと切り離した。
それは、聖母の[真実]をエリックに見せつければ、説得することがかなうと、そういう目論見があってのことだっただろう。
しかし、エリックは聖母の目論見通りにはいかない。
聖母が行って来たことは、聖母の言う、[必要な犠牲]の範疇にはとても、納まるはずのないことだったからだ。
そして、エリックが聖母に戦いを挑み、聖母を足止めし続けていれば。
一度は分断されたエリックの仲間たちが、急いで駆けつけて来てくれる。
それだけではなく、聖都の地上部分に残して来た反乱軍の味方たちも、援軍に駆けつけてくるだろう。
そうして聖母の行動を大勢でけん制することができれば、聖母の鉄壁の守りは崩れ、チャンスがやってくる。
エリックの聖剣で聖母の首を刎ね、その支配を終わらせるチャンスが。
聖母は追い詰められているはずだった。
ここから逃げ出すことはエリックが阻止するし、時間が経てば、集まって来たエリックの仲間たちから集中攻撃を受ける。
それなのに、聖母はまた、余裕を取り戻している。
「いいえ、これは、本当のことなのですよ」
聖母はその黄金の仮面の下から、愉悦に満ちた声でそう告げた。
「なぜなら……、魔王、サウラ。
お前の肉体は、私に逆らい、私を滅ぼしたその瞬間に、死を迎えるのですから! 」
(な……、なにッ!? )
その聖母の言葉に、エリックの内側で魔王・サウラが、戸惑ったような声をあげる。
「そう、私は最初から、お前をそのように作ったのです。
いつか、サウラ、お前が私に反逆する可能性を考慮して、ね! 」
そのサウラの驚く声が聞こえるはずはなかったが、聖母はサウラの驚きようを知っているように、コロコロと声を立てて笑った。
「サウラ、お前だけではありませんよ?
リディアも、そしてあのヘルマンも、皆、私が死ねば、死ぬようにできているのです! 」
「出まかせを言うなっ! 」
エリックは、聖母のその言葉を否定しようとした。
追い詰められた聖母が、自分が助かるためにでっち上げたウソだと、そう信じたかった。
「ならば、私を殺して、試してみることです」
しかし聖母は、エリックとサウラのことを嘲笑しながら、余裕を見せ続ける。
「そして、エリック。
サウラが滅びれば、お前は、死ぬのだ。
お前は、あの愚かなエルフの魔術師によって黒魔術を施され、そうしてやっと生きながらえているのでしたね?
自らの肉体を、魔王・サウラのものへと作り変えられながら。
そうして得たのが、その、おぞましい外見と、力です。
ですが、エリック。
お前の身体はもう、ほとんど、魔王のものに作り変えられているのですよ。
本当は、とっくに身体の主導権は魔王・サウラのもの。
ただ、サウラがその主導権をあなたに委ね続けているから、エリック、お前はお前自身の意志で動いていると、まだ自分は[人間]だと、そう錯覚しているのです。
そんな状態なのですから、エリック。
もしお前が私を滅ぼしでもしたら、同時に、サウラも死んで。
そして、もうその身体のほとんどが人間ではない、魔王のモノとなっているお前も、死ぬのです! 」
聖母を滅ぼせば、エリックも死を迎える。
なぜなら、もう、エリックの身体のほとんどを構成している魔王という存在も、聖母が滅びれば死を迎えるから。
魔王・サウラが聖母への反逆を企てた時に備えて、聖母がそうなるように魔王を作っていたのだ。
エリックは、聖母を倒すためなら、自身の命を引きかえにする覚悟を固めていた。
しかし、漠然と、聖母を滅ぼした先の未来を思い描いていた。
セリスと、仲間たちと。
聖母のいなくなったこの世界で、新しい人生を生きていく。
そんな未来を、エリックは心のどこかで夢見るようになっていた。
だが、聖母のことばが真実であるのなら。
エリックには決して、そんな未来が訪れることはない。
(サウラ……。
オレの身体が、もう、ほとんどお前のものになっているというのは……、本当、なのか? )
エリックは聖母への攻撃の手は緩めなかったものの、そう、サウラにたずねずにはいられなかった。
(……事実だ)
わずかな間を置いて、エリックの内側で、サウラが聖母の言った言葉を肯定する。
(もはや、黒魔術によって、エリックよ、汝の身体のほとんどは、我の、魔王としてのものとなっている。
ゆえに、もし、聖母の言うとおり、聖母を滅ぼした瞬間に、我も滅びるというのであれば……。
エリック、汝もまた、死を迎えるであろう)