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・第326話:「ふざけるな! 」

・第326話:「ふざけるな! 」


 聖母がその主張を言い終えるのと同時に、エリックはようやく、吹き荒れる無数の記憶から解放されようとしていた。


 ガンガンと、エリックの頭が悲鳴をあげている。

 普通の人間では到底、経験し得ないほどの長い歴史を、まざまざと見せつけられ、エリックの脳は情報過多となって悲鳴をあげていた。


 そんなエリックのことを、聖母は悠然と見つめている。


 もはや、エリックの聖剣を受け止めていた魔法防壁も、消え去っていた。

 エリックに対する防御のすべてを解き、聖母は、余裕の態度を見せている。


 エリックもサウラも、[真実]を知った今、聖母をこれ以上攻撃しようとするはずがない。

 聖母はそう、確信しているようだった。


 ようやく聖母の記憶から解放されたエリックは、その顔に無数の冷や汗を浮かべながら、苦しそうに荒い呼吸をくり返している。

 聖母が魔法防壁を消失させたことには気づいていながらも、聖母の見せた記憶による頭痛がひどく、また、その内容があまりにも衝撃的過ぎて、動けない。


 それは、エリックの内がわにいる魔王・サウラも、同様だった。


 サウラは、聖母によって虐げられていた魔物や亜人種たちの記憶を読み取る内に、聖母の操り人形という役割ロールを離れ、反旗を翻した。


 だが、サウラが救おうとした魔物と亜人種たちは、かつて神々と一緒になって人間を虐げていた、大罪人だった。

 その事実を突きつけられたサウラは、エリック以上に呆然自失としていた。


 聖母の言うことなど、ウソに決まっている。

 エリックもサウラも、そう叫びたかったが、しかし、聖母が見せた記憶はあまりにも生々しく、そして真実味があり、その言葉は本当のことのように聞こえていた。


「ふざ……ける……なっ! 」


 だが、エリックは、頭痛が治まり、身体が動けるようになってくると、聖剣を握る手に力をこめながら、そう、絞り出すような声で叫んでいた。


「お前……がっ、本当のこと……をっ、言っていたのだと……してもっ!


 どうして、オレの、父上や!

 バーナード!


 そして、エミリアが!


 死ななければ、ならなかったんだっ!? 」


 いつの間にか、エリックの頬を涙が伝っていた。

 それは、悲しみと、悔しさの入り混じった涙だ。


「エミリアは!


 エミリアは、お前に、聖女に仕立て上げられて!

 それだけじゃ、ない!


 ヘルマンに、慰み者にされて!


 自分から、「終わりにして」って!

 オレに、言って来たんだぞ!?


 オレは、エミリアに、妹に!

 その望みをかなえてやることしか、できなかったんだぞ!?


 それを、お前は、受け入れろというのかっ!? 」


「必要な犠牲でした」


 その、強い感情のこもった、心の奥底から絞り出されるような声にも、聖母は動じない。

 冷徹ささえ感じさせるような声で、平然と言う。


「より多くの命を救うための犠牲です。

 彼女の死によって、この世界が、人間がこれまで通り、平穏に生き続けられるというのなら、その死の意義は十分すぎるほどに得られるでしょう」


「ふざけるなっ!! 」


 その聖母の言葉を聞いたエリックは、今度ははっきりとした声で、そう叫んでいた。

 そして、聖母のことをまっすぐに睨みつけながら、怒りと憎しみと、そして悲しみとでぐしゃぐしゃに歪んだ表情で、声を張りあげる。


「なにが、必要な犠牲だ!!?


 人間は大勢、この世界に暮らしている!


 だけど!

 エミリアは、この世界に、たった1人だけしか存在していなかったんだ!


 そして聖母、お前は!

 その、たった1人しかいないエミリアを、もてあそんで、苦しめて……、死なせたんだ!


 なにが、復讐ふくしゅうだ!

 お前の復讐ふくしゅうは、とうの昔に、終わっているじゃないか!


 お前は、人間は敵がいなければ、自分たちで争い始めると言うが、それだって、絶対に起こることじゃない!

 互いに共存して、平和に生きていく可能性だって、あるじゃないか!


 それなのに、お前はそうやって決めつけて、大勢を、「必要な犠牲だ」と言って、使い捨てにしてきたんだ!


 そんな行いが、正しいはずがない! 」


 聖母がエリックとサウラに見せた記憶。

 実際に起こったとしか思えない出来事。


 それは、エリックもサウラも否定しようのない、現実そのものとしか思えなかった。


 しかしエリックは、聖母が見せたその[真実]以外にも、記憶を見て、感じた。

 神々を滅ぼし、魔物と亜人種たちをおとしめ、それまで[家畜]同然の扱いを受けてきた人間を上位階層として固定し、聖母自身がその頂点にあって世界を支配する中で、どんな行為を行って来たのかを。


 エリックと同じように、裏切られ、使い捨てにされて来た勇者たち。

 魔王軍と戦い、傷つき、命を失って行った人間たち。


 聖母の言うとおり、人間は、敵がいなければ、互いに争い始める存在なのかもしれない。

 しかし、その争いを食い止めるために、大勢が犠牲となっていく世界。


 それでは、聖母が打倒した神々に支配されていたころと、なんら変わらないではないかと、エリックは思う。

 神々に生贄いけにえを差し出す代わりに、[家畜]とさげすまれながらも、平穏を手にしていた時の人間と、なにも変わらない。


 ただ、生贄いけにえを、犠牲を求める存在が、神々から聖母へと変わり、虐げられる存在が魔物と亜人種に変化しただけだ。


 世界の[歪み]は、変わらずにあり続けている。


「聖母!


 オレは、お前を、倒す!


 そして、この世界を、解放する! 」


(……その通りだ、エリック! )


 そのエリックの叫びに、サウラも呼応する。


 エリックの身体に、再び力がこもる。

 聖母を倒すために、世界の歪みを正すために戦うために、エリックは聖剣をかまえなおす。


「……まったく、物わかりの悪い」


 そんなエリックの姿を仮面越しに見つめながら、聖母は呆れたような声をらしていた。


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