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・第323話:「聖母の真実:1」

・第323話:「聖母の真実:1」


 エリックは、すべての仲間たちから引き離された。

 聖母は逃げると見せかけてエリックをおびきよせ、そして、この状況を作りだすために罠にはめたのだ。


 エリックはすぐにそう理解していたが、しかし、その口元に、嘲笑するような笑みを浮かべていた。


「ああ、やっと、お前と、オレ[たち]だけになれたな! 」


 そしてエリックは、聖母に向かって、聖剣の切っ先を向けていた。


 確かにエリックは、仲間たちとは分断されてしまった。

 そしてそれは、聖母の思惑通りなのだろう。


 しかし今のエリックにとって、それは、重要なことではなかった。


 聖母を、滅ぼす。

 父親の、妹の、親友の、そして自分自身のかたきを、世界の敵を、抹殺する。


 エリックがやるべきことは、なに一つ、変わらないのだ。


「サウラッ! 」


 エリックは、心の中だけではなく、声に出してそう叫んでいた。

 そしてそのエリックの声に呼応するように、サウラは抑えていたその力を解放する。


 エリックの身体は、一瞬の間に変化していた。

 全身が甲虫のような骨格におおわれ、その容姿は、顔の部分だけを除いて、かつて魔王と呼ばれた存在そのもののようになる。


 新魔王。

 聖母たちがエリックに対する蔑称べっしょうとして定めた、聖母たちにとっての敵。


 その姿となったエリックは、悠然としたままの聖母に向かって、雄叫びをあげ、聖剣を振り上げて、突っ込んで行った。


 聖母は、微動だにせず、エリックを迎えうった。

 悠然とした態度を崩さず、エリックが振り下ろした聖剣に向かって右手を差し出し、その仮面の下で短く、魔法の呪文を唱える。


 エリックはかまわず聖剣を振り下ろしたが、しかし、聖母の身体を聖剣が斬り裂く寸前で、聖剣はなにか、壁のようなものにぶつかって停止してしまった。


「……くっ! 」


 渾身の力をこめて、エリックは聖剣を押し込もうとする。

 しかし、聖剣はわずかに聖母に向かって進んだだけで、すぐに、それ以上進まなくなってしまった。


 どうやら聖母は、魔王城や魔法学院、そして聖堂を守っていたものと同様の魔法防壁を生み出し、エリックの攻撃をさえぎったようだった。


「エリックよ。


 あなたは、この世界の真実を、知らないようですね? 」


 聖母の身体に聖剣を刻み込もうと力をこめながら、悔しそうに歯を食いしばっているエリックに、聖母は仮面の下から、聞き分けの悪い子供を諭すような声で語りかけて来る。


「黙れ!

 お前の言うことなど、誰が、聞くものか! 」


 エリックは聖母の言葉になど聞く耳を持たなかったが、しかし、聖母が生み出した魔法防壁は、簡単には打ち破ることができない。


「いいえ、エリックよ。


 お前がどう思っていようと、お前は、聞かなければならないのです。

 この世界の、真実を。


 お前が知らない、本当の歴史を」


 聖母に聖剣を無理やり振り下ろそうとしたまま、固まっているエリックを前にして、聖母はそう言うと、エリックの意志など無視して語り始めた。


 聖母が言うところの、[真実]を。


「エリック。

 そして、サウラよ。


 お前たちは、わたくしが不当に、この世界を奪ったと、そう考えているのですね?

 そして、わたくしが、わたくしの手による支配を続けるためだけに、魔王・サウラと、勇者と聖女という存在を生み出し、わたくしの力を誇示し、支配の正当性を示すために、長きにわたり不毛な戦争を続けさせてきたと、そう思っているのでしょう? 」


「そうだ、聖母!


 オレは、お前が邪悪な存在だと、知っている!


 だから、今日、ここで!

 オレが、お前の歪んだ支配を終わらせて、世界を救う! 」


「それは、とんだ思い違いというものです……、エリックよ」


 エリックの怒りの言葉に、聖母はやや呆れたように首を左右に振った。

 それからエリックと、その内側にいるサウラに向けて、聖母は仮面の下からまっすぐな視線を向けて来る。


「あなたたちは、わたくしが、人間たちを支配し、魔物や亜人種を弾圧するために、人類軍と魔王軍とが戦い続ける[仕組み]を作った、そう信じているのでしょう。


 しかし、それは、あなた方の思い違いというものです。


 わたくしは、ただ、魔物や亜人種たちに、受けて当然の報いを受けさせているだけ。

 わたくしが作りあげた仕組みは、かつて魔物や亜人種たちが、そして神たちが犯した罪を、つぐなわせるためのものなのです」


「ふざけるなよ、聖母! 」


 エリックは叫ぶと、聖剣の鍔より上の部分、握れるように刃がついていない部分へと手を移動させ、聖母に加える力を強くした。

 聖剣はさらに聖母へ向かって、ほんの数ミリだけ進み、それから、聖母が生み出した魔法防壁の力に押されて、せめぎ合い、カタカタと小刻みに震えはじめる。


「オレは、この目で見て来たんだ!


 セリスも、ケヴィンも、ラガルトも、それに、アヌルスだって!

 それ以外の、魔物も、亜人種たちも!


 生き方は、確かに人間とは違う!

 だけど、オレたち人間と同じように、感情があって!

 それは、共感して、理解しあえるもので!


 お前が、戦争をさせなければ、誰もが皆、平和に、共存して生きていけるんだ!


 お前の言うたわごとなど、誰が、信じるものか! 」


「お前がそう言うのは、彼らが人間に対して犯した罪を、お前が知らないからです」


 感情を高ぶらせ、聖母を憎々しげに睨みつけるエリックにこたえる聖母の声は、落ち着いたものだった。


「魔物や、亜人種、そして、それら忌まわしき種族たちを従えていた神々が、犯した罪。

 未来永劫、わたくしたちによって虐げられ続けることでしかつぐなうことのできない、大罪。


 それは、彼らが、わたくしたち人間を、奴隷として……、いえ。


 [家畜]として、この世界に生み出し、[飼って]いたからなのですよ」


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