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・第321話:「追い詰められた聖母:1」

・第321話:「追い詰められた聖母:1」


 エリックに聖剣の切っ先を突きつけられても、聖母は、その悠然とした姿勢を崩さなかった。


 その表情は、聖母が身に着けている、美しい女性をかたどった黄金の仮面によって、確かめることができない。


 悠然とした姿を見せることでエリックたちに対し、聖母の方が優位であると信じ込ませ、動揺させようという策略なのか。

 それとも、聖母にはまだエリックたちの知らない切り札があり、それゆえに余裕があるのか。

 もしくは、ただの虚勢か。


 聖母の考えは、その黄金の仮面に隠されていた


 聖母はこれまでずっと、その仮面を外したことがなかった。

 それは、黄金の、美しい女性の顔の形をした仮面によって、聖母の残虐な本性を隠すのと同時に、人々に対して聖母を[直接触れることのできない神聖な存在]として認識させるための道具だったからだ。


(その仮面、オレが、砕いてやるッ! )


 エリックはそう思いながら、聖母のことをにらみつける。

 聖母の仮面を打ち砕き、そして、聖母の表情が、恐怖と絶望に歪むさまを見てやりたかった。


 聖母からエリックが受けてきた苦しみ。

 聖母のために犠牲となって行った人々の苦しみ。


 それを思えば、聖母は、1回死ぬだけでは足りないほどの罪を背負っている。


 だが、聖母を滅ぼせば、少なくともこの惨劇は終わらせることができる。

 聖母によって犠牲となる者は、いなくなる。


 だから聖母を滅ぼして、その先に、これまで聖母の策略によって対立させられてきたすべての種族が平和に共存する、新しい世界を作りたい。

 聖母は、そんな願いと共に身構えているエリックたちの姿を見て、笑った。


 仮面の下から、美しい声で、本当に楽しそうに、聖母は笑っている。


 聖母は、エリックたちによって追い詰められているはずなのに。

 しかし、その笑い声には、余裕がある。


わたくしを、滅ぼす?

 世界を、解放する?


 果たして、貴方たちにそれをする力が、あるのでしょうかね? 」


 聖母は、ただ1人。

 エリックたちは、大勢。


 形勢は明らかなはずだったが、その聖母の余裕のある態度に、エリックたちは思わず、たじろいでいた。


 聖母はなにか、切り札を隠し持っているのではないか。

 ずっと内心に抱いて来たその疑問が、にわかに膨れ上がってくる。


 その時、エリックたちの中から、雄叫びがあがった。


 「ぬおわあああああああああっ! 」


 叫んでいるのは、ガルヴィンだ。

 そしてその手には、ラガルトが2本背負ってきたうちの1本を借りたらしい、大斧が握られている。


 ガルヴィンは大斧を振りかぶりながら、聖母に向かって駆けていた。

 そして十分に勢いをつけると、全身をバネのように使って、聖母に向かって大斧を投げつける。


 ガルヴィンが放り投げた大斧は、勢いよく縦に回転しながら、放物線を描いて聖母へと迫った。

 だが、聖母にもう少しで直撃すると思われた直前に、聖母が軽く手を横なぎに振るったことで、大斧は弾き飛ばされ、結局、聖母へと届くことはなかった。


 どうやら聖母は、そのわずかな身振りだけで自身の眼前に部分的な魔法障壁を発生させ、ガルヴィンからの大斧を弾き飛ばしたらしい。


 しかしそうなっても、ガルヴィンは少しも怯んではいなかった。


「なにを、笑うのか!? 」


 ガルヴィンは肩で息をしながら、顔を真っ赤にして怒っている。


「エミリアお嬢様に、あれほどの仕打ちをしておいて!


 それだけではない!

 我が主、デューク伯爵の命を奪い!

 若様を利用するだけ利用して、使い捨てにした!


 聖母、貴様こそ、この世界の病巣そのもの!

 この世界に生きるすべての種族の、敵だ!


 聖母、貴様が生きていること自体、汚らわしい!

 貴様の言葉など、一言たりとも聞きたくないわ!


 今すぐにその顔面叩き割ってくれるから、そんなところで余裕ぶっていないで、玉座を降りて来たらどうだ!?

 本当に、ワシらが貴様を倒せないのかどうか、貴様自身が確かめてみるがいい! 」


 そのガルヴィンの言葉で、エリックたちの動揺は鎮まった


 聖母がどんな秘策を隠し持っていようとも、それすらも打ち破って聖母を滅ぼすというのは、すでに決定事項なのだ。

 そのことを、ガルヴィンの言葉はエリックたちに思い起こさせていた。


「本当に、愚かな者たち」


 しかし、そんなエリックたちのことを、聖母は心底、軽蔑しているようにそう呟いた。


 それから聖母は、ゆっくりとその片手を上に向かってかかげる。


 なんらかの魔法攻撃をしかけて来る。

 そう思ったエリックたちは身構え、クラリッサやアヌルスなどの魔術師は、味方を守るための防御の魔法の呪文を唱え始める。


 聖母は、そんなエリックたちの様子を見つめながら、再びわらう。


「それでは、その老いぼれた騎士の言葉に従って、試して差し上げましょう。


 お前たちの刃が、わたくしに届くかどうか。


 傷1つでもわたくしにつけられるというのなら、どうぞ、やってごらんなさい」


 そしてそう言い終わると、聖母はゆっくりと、かかげていた腕を振り下ろした。


 それは、エリックたちが警戒していたような、魔法の攻撃ではなかった。

 その代わりに、エリックたちの左右で、なにか、重くて硬いものが動き出すような音が、それもいくつも響く。


「せっ、石像が!? 」


 その場にいた兵士の1人が、戸惑ったように叫んでいた。


 聖母の合図とともに、動き出したもの。

 それは、地下の謁見えっけんの間に飾られていた、かつて聖母によって選ばれ、魔王・サウラと対決した勇者たちの姿をかたどった石像たちだった。


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