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・第319話:「地下:2」

・第319話:「地下:2」


 やがてエリックたちは、左右に、大きなガラス瓶が並んだ、広い空間へとたどり着いた。


 そこには、中身のない、人1人が余裕を持って入れそうなほどに大きいガラス瓶が、整然と並べられている。

 外界からの光が一切届かない地下の奥深くに並んだそのガラス瓶たちは、魔法の光球に照らされて、怜悧な輝きを見せていた。


 思わず、誰もがリディアの様子を確かめようとしていた。

 おそらくはこの空間こそが、リディアや、哀れな聖女たちが、長い時間を過ごした場所であるのに違いなかったからだ。


 リディアの顔色はさらに悪くなり、その身体の震えは、隠そうとしても隠しきれないものとなっている。

 しかしリディアは、気丈に、自身の足で立ち、このおぞましい空間のさらに奥を見つめていた。


「この先に、聖母の、秘密の部屋があります」


 そしてリディアは、奥の、まだまだ先の知れない暗がりの方を指し示し、震える声でそう告げる。


「聖母が、聖騎士をバケモノに変えたり、魔法実験を実際に行ったり。

 そんな、隠さなければならないようなことをしていたのが、この、奥の世界です。


 私も、ここから先のことはよく、知りません。

 立ち入ることは、決して、許されませんでしたから。


 まったく、未知の世界になります」


「わかった。

 なら、そろそろ、先頭を交代しよう」


 そんなリディアにエリックがそう申し出ると、リディアがなにか返事をする前に、心得ていたようにガルヴィンとラガルト、そしてケヴィンが前に出た。


 その様子を見ていたリディアが、「いえ、やはり、私が先頭に……」と言いかけたが、すぐに、背後から抱きしめるようにクラリッサに両肩をつかまれて押し黙る。


 クラリッサはなにも言わなかったが、その行為だけで、リディアにはクラリッサの、そしてなにも言わずに前に出た3人の気持ちが伝わったようだった。

 リディアはそれ以上の異論を口にせず、ただ、「お願いします」とだけ言って、クラリッサと共にエリックの後ろ側まで下がった。


「サァテ、ココカラオクガ、セイボノ、ヒミツノバショダ。


 ドンナヒミツガ、デテクルカ、タノシミダ! 」

「ああ、まったくですな!


 ラガルト殿、聖母の悪事、見事、打ち砕いてみせましょうぞ! 」


 少ししんみりとした雰囲気になってしまったためか、それとも、空元気で、これから聖母と対決しなければならないという緊張を和らげるためか。

 以前から仲の良いラガルトとガルヴィンがそんな軽口を言って、ガハハ、と笑い合う。


 その演技に釣られて笑った者は少なかったが、しかし、それでも確かに、雰囲気は少し明るくなった。


 そして、わずかに広まった笑い声が治まるのを待ってから、ケヴィンが一度背後を振り返ってから、全員に向かって注意する。


「油断せずに、進んで行こう。


 ここまで、聖母からまったく抵抗がないというのは、やはり、おかしい。

 この先で、罠を用意して待っているのかもしれない。


 エリック殿が万全の状態で聖母と対決できるよう、細心の注意を払うべきだ」


 その言葉に、エリックを除く全員がうなずいた。


 エリックが、万全な状態で聖母に挑めるようにする

 それが、この場にいるケヴィンたち、エリックの仲間たちや、反乱軍の兵士たちの役割だった。


 ケヴィンの言葉には、そのためになら、自分たちが犠牲となることも容認しなければならないという決意が、こめられている。

 その決意を、この場にいる全員が持っていたし、エリックを聖母の前に無傷で送りとどけるために、最悪の場合、自身の身を挺してエリックをかばわなければならないということも、全員が承知している。


 エリックも、仲間たちがその覚悟を持っていることは知っているし、それが必要な覚悟だということも理解している。

 しかし、エリックの心情は、複雑なものだった。


 エリックを聖母にたどり着かせるために、大勢が犠牲となる決意をしている。

 それは、エリックにとってはプレッシャーであるのと同時に、簡単には認められないことだった。


 エリックが、聖母を倒す理由。

 自身の復讐ふくしゅうを果たすという目的を出発点として始めた戦いの先に求めるもの。


 聖母の支配から、この世界を救うということ。

 その目的の中にある[救う]対象には、今、こうしてエリックと共に戦っている仲間たちも含まれているのだ。


 すでに、この戦いでは大勢の犠牲者が出ている。

 この聖都を攻略し、聖堂へとエリックたちを突入させるために散っていった者も大勢いるし、聖母に従って抵抗して来た信徒たちも、犠牲者に含めることができる。


 聖母を倒すためとはいえ、この上にさらに、犠牲を重ねていく。

 それは、誰もがすでに覚悟してのことだったし、エリック自身、それを許容する覚悟をしてきているが、しかし、そのことは、犠牲が生じることで感じる痛みまで消え去ったということではない。


 誰かを失う。

 それは、やはり恐ろしいことだと思う。


 エリックは、ちらり、と一瞬だけ、自身のかたわらにいるセリスへと視線を向ける。


 彼女は、エリックの方を見ていない。

 先頭はエリックを除けばもっとも戦闘力が高い3人に任せはしているものの、エルフの偵察兵スカウトとして、あらゆる危険を事前に察知しようと、周囲の警戒に意識を集中している。


「進もう」


 エリックは視線を前へと戻すと、短くそう言って、前進を再開していた。


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