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・第32話:「聖都:2」

・第32話:「聖都:2」


 この世界の創造神から地上の支配を任された。

 ありきたりな神話ではあったが、人々からそう信じられている聖母は、人類にとっては神聖不可侵の存在だった。


 聖母は、生きている神だった。

 かつてこの世界には多くの神々がおり、今でもその加護が残されているものもあるが、その神々の多くは遠い昔にどこか別の世界へと旅立ってしまい、聖母だけがこの世界に残った。

 人類にとっては、聖母こそが、今でもこの世界を見捨てずに見守り続けてきてくれている、唯一絶対の神だった。


 聖母は、不老不死の存在だ。

 人々の前に姿を見せる時は大抵、精巧な金細工が施された美しい女性の仮面を身に着け、その神秘性をけがすことなく、優美な姿であらわれる。

 その声は透き通った、穏やかで可憐かれんな声で、人々の心を魅了する。


 エリックたちが聖母と最後に面会を果たしたのは、魔王軍との決着をつけるために魔大陸セルウス・テラへと出発するその前日のことだ。

 出発した時とはかなり状況が変わってきてはいたが、エリックは、聖母と再会することが嬉しくてしかたがなかった。


 自分を裏切った、ヘルマン神父に、リーチ。

 この2人に、正当な裁きを下す。

 そして、エリックの体内に存在する、魔王・サウラの魂。

 これをエリックの内から消去することで、ようやくエリックは元のエリックに戻ることができ、世界は魔王の脅威から解放されることとなるだろう。


 すべてが終われば、故郷に帰る。

 故郷に帰って、家族と穏やかに過ごす。

 そして時折、魔王を倒すための険しく長い旅路を思い出し、バーナードといった、信頼できる仲間と共に語り合う。


 聖都へと到着したエリックの心には、そんな未来を思い描けるだけの心の余裕ができていた。


 聖都は、聖母の加護を慕う人類が長い年月をかけて築き上げてきた、壮麗そうれいな都市だった。


 聖都は、きれいな円形をしている。

 かつて遠浅の湖だったところに杭を打ち込んで埋め立て、強固な土台をつくることで作られた聖都は、見る者に与える心理的な影響も考慮して意図的にそのような巨大な人工物として建造されたのだ。


 銀色に輝く大都市だ。

 聖都は、堀を兼ねる運河と、三重の城壁によって守られ、要所には高く強固な作りの塔が建ち、その内側には、聖母を称える聖職者や聖母を守る教会騎士団、そして聖母を慕って各地から集まって来た人々や巡礼者のための巨大な街並みが広がっている。

 そのどれもが、表面を銀箔ぎんぱくでおおわれており、遠目に見ると白銀に輝き、そこが特別な場所であるということをはっきりと主張している。


 一時は、魔王軍による大侵攻によって包囲されることもあったが、人類は聖母の加護の下で聖都を守り抜き、その城門も城壁もけがされることはなかった。

 そして、魔王軍がサエウム・テラから追い払われ、一足先に平穏を取り戻していた聖都にはすでに戦乱の傷跡は薄く、人類の聖地としての威厳と栄光を輝かせている。


 その聖都の姿を目にして、エリックは無邪気に喜んでいたのだが、バーナードはエリックと同じく喜びつつも、深刻そうに考えごとをしていた。


 聖都に戻ってきたはいいものの、どうやって聖母と会うか。

 そのことについて、バーナードは考えていた。


 ここまでほぼ妨害らしい妨害を受けることなく進んでくることができたものの、ヘルマン神父が先回りして、聖母とその周辺にエリックについての偽情報を報告していないとも限らない。

 もしそうであるのなら、ヘルマン神父がエリックを裏切ったと知らない聖母たちは、エリックたちを取り調べようとするだろう。

 それで時間がかかり、ヘルマン神父が追いついてきてしまったら、状況はさらに苦しくなることだろう。


 問題なのは、エリックの内側に、魔王・サウラがいるということだった。

 聖母はその仮面の下からこの世界のすべてを俯瞰ふかんしており、邪悪な気配を敏感に察知することができる。

 そのほとんどの力を失っているとはいえ、エリックの内側にいる魔王・サウラはその存在自体が聖母と人類に仇を成す邪悪な存在であり、聖母はすでにエリックたちの異変と接近に気がついている可能性もあった。


 魔物が、エリックに化けている。

 ヘルマン神父の言ったその言葉は事実ではなかったが、事情を知らない者からすれば、事実に見えてしまう可能性がある。


 もし、エリックが疑われて捕らわれることになれば、そのままなし崩し的にヘルマン神父の主張が通ってしまい、エリックは問答無用で処刑されることになるかもしれない。

 そんな事態になることを避けるためには、聖母との対面をなんとしてでも果たし、直接、事情を伝えなければならなかった。


 とはいえ、おそらくはエリックの脱走に気がついたヘルマン神父が追ってきているはずだったから、エリックたちにあまり考えている時間はなかった。


 バーナードが出した結論は、閘門こうもんを通過する際に使用した、エリックを全身鎧で隠すという方法だった。


 高位の騎士というものは、上質な、魔力を帯びた武具を身に着けていることが多い。

 その、魔法の気配が色濃く出ている武具を身につけていれば、聖母の邪悪を見抜く鋭敏な感覚をもだまし、疑われることなくエリックとの直接対面をさせられるかもしれない。


 通常は聖母との面会など簡単にはできないのだが、その点はまた、バーナードがその自身の家柄の権威を用いて、強引に推し進めた。

 魔王軍との戦いの最中、バーナードと共に戦い、特に武功をあげた騎士に、聖母との謁見えっけんという名誉を褒美ほうびとして与えたいという名目で、強引にバーナードと同行させ、聖母との対面の場にエリックを連れていくこととしたのだ。


 バーナード自身は、エリックが勇者として聖母に選ばれなければ、彼が勇者として選ばれていたかもしれないというほどに聖母からの信頼が厚く、魔王・サウラを倒すための献身的な振る舞いから、多少の要望は飲んでもらえる立ち位置にいる。

 バーナードは聖母に申請を行い、エリックたちが聖都に到着したその翌日には、聖母と面会できるように約束を取りつけてくれた。


 バーナードには、感謝してもしきれない。


 エリックは聖母との面会を翌日にひかえたその日の晩、バーナードにできる限りの感謝の言葉を送った。

 しかし、バーナードは、「いいんだ」と言って、笑うだけ。


「エリック。オレ自身ももちろん、必死に戦ったが、お前はずっと、勇者としての責任を任されながら、よく戦った。……お前はいつも高潔で、誠実で、オレにとって、尊敬できる友、親友だった。だから、親友に、これくらいのことはさせてくれ」

「バーニー……」


 その暖かな気持ちのこもった言葉に、エリックは、思わず涙ぐみ、バーナードの手を取って固く握りしめる。

 そんなエリックの手を、バーナードもまた、力強く、エリックをはげますように握り返すのだった。


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