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・第318話:「地下:1」

・第318話:「地下:1」


 暗い地下深くに続く階段の先に、クラリッサが、魔法で作り出した光球を打ち出す。


 光球は、ふらふらと空中をただよいながら、すーっと階段を下っていく。

 階段は螺旋状になっているためにすぐにその光球は見えなくなった。


 光は、多少は屈折して届くから、螺旋階段がすぐに終わっているのなら、光球が見えなくなっても完全にその光まで遮断されることはない。

 しかし、エリックたちのところまでまったく光が届かなくなったことから、螺旋階段は相当、深いものだと知れた。


 再び暗闇が戻って来たのを目にして、リディアが自身の身体を自分の手で抱きかかえ、かすかに震えた。


 地下は、リディアにとっては恐怖の世界だ。

 勇者を始末するという役割を果たす時以外は、ずっと、彼女はこのくらい地下の底で、ガラス瓶の中に閉じ込められていたのだ。


 そして、リディアはいつも、自らの足でこの螺旋階段を降りて行った。

 そういうふうに強制されていたし、逆らうことなどできないと、リディアはそう思っていたからだ。


 この螺旋階段は、リディアがこれまでずっと抱えて来た、深い絶望そのものだった。


「リディア。


 辛いなら、聖堂の捜索の方に回ってくれても、いいんだ」


 そんなリディアに、エリックはできるだけ自然な口調でそう言う。


「聖堂の捜索にも、聖堂の構造を熟知しているリディアがいてくれたら、きっと、みんなが助かるはずだから」


 そのエリックの言葉に、しかし、リディアは顔をあげると、小さく首を左右に振った。


「いいえ、エリック。

 私にも、行かせてください。


 私は、地下の構造も、すべてではありませんがある程度は知っています。

 地上部分については、私ほどではなくとも、ある程度は知っている者が、他の皆さんの中にもいらっしゃることでしょう。


 地下を少しでも案内することができるのは、私だけなんです。


 それに……、私も、私自身の手で、これまで聖母にされてきたこと、聖母にさせられてきたことに、決着をつけたいと思うのです」


 リディアの表情は青ざめていて、その唇は引き結ばれ、額には冷や汗が浮かんでいる。

 しかし、そう言ったリディアの言葉は、彼女の本心であるようだった。


「そうか、わかった。


 なら、リディア。

 案内を、頼む」


 そのリディアの様子を見たエリックは、それ以上、彼女が地下へと進もうとするのを引き留めようとはしなかった。


 エリックの言葉にリディアはうなずくと、クラリッサにもう1つ光球を生み出してもらい、それを自身の近くに浮かべさせて、ゆっくりと、螺旋階段を降りて行った。


────────────────────────────────────────


 螺旋階段を降りていくと、段々と、空気は湿り気を帯び、冷たくなっていく。

 壁が頑丈に作られているから、地下水の漏出ろうしゅつなどはないようだったが、運河が張り巡らされた聖都の地下は地下水位も高いはずで、その分、地下の空気は湿って、冷えているようだった。


 同時に、段々と、薬品のような臭いが強くなっていく。

 カビ臭さもあったが、それよりも、様々な薬品類の方の臭いが強く、地下へと進んでいくエリックたちの中に加わっている、嗅覚に優れた魔物などは、顔をしかめながら鼻を覆い隠したほどだった。


 リディアによると、この地下では、聖母が様々な魔法実験を行って来たのだという。

 この薬品の臭いはおそらく、聖母が行って来た魔法実験に使われたものの臭いが、長い年月をかけて入り混じり、染みついたもののようだった。


 聖母はかつて、神を殺してこの世界の支配者に成り代わる以前は、人間の、魔術師であったのだという。

 その魔術師が、様々な魔法実験の結果、不死の秘法を生み出し、騙して弱らせたとはいえ、神を滅ぼすほどの力を得た。


 地下室によどんでいる異臭は、聖母の恐ろしさを物語るものだった。


 やがて、螺旋階段は終わる。

 するとそこは、いくつもの部屋の並んだ通路となっていた。


 左右に作られた部屋は、どうやら、そこに人間などを閉じ込めておくためのものであるらしい。

 牢獄、というほどに露骨なものではなかったが、部屋の中に閉じ込めた誰かが逃げ出せないように作られているし、部屋に入らずとも中を監視できるような窓が扉に取りつけられている。


(エミリアもきっと、こんな場所に閉じ込められて……)


 エリックは、自身の奥歯を噛み砕こうとするような勢いで噛みしめていた。

 すでに弔いを済ませ、エミリアの死を受け入れはしたものの、エミリアに対して聖母たちがした仕打ちについての怒りは少しも和らいではいなかった。


 それは、ヘルマンを処刑した程度では、足りない。

 聖母を滅ぼしたところで、それでもきっと、消えることのない怒りだろう。


 半分は、エリック自身に対しての怒りだったからだ。


 エリックの中にいる魔王・サウラも、他の仲間たちも、エリックの怒りを察したが、なにも言わなかった。

 なにかを言ったところで、エリックが自分自身を許すことができるはずがないと、みなが理解しているからだ。


 今、やるべきことは、聖母との決着をつけることだけ。

 エリックたちはリディアに先導されながら、少しずつ、地下の奥深くへと進んでいった。


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