・第317話:「奥へ」
・第317話:「奥へ」
聖堂の正門は、聖母の権威を示すために巨大で、かつ、頑丈に作られている。
その強度は城門と同じ程度はあったから、その門を突破するために、エリックたちはここまでわざわざ運び込んできた破城槌を使用した。
鋭く尖った、金属で補強された太い丸太が、兵士たちの手で引かれ、何度も、何度も、聖堂の門扉へと打ちつけられる。
なにか、反撃があるはずだ。
エリックたちはそう警戒していたが、しかし、破城槌が門扉を破壊するまでの間、聖堂からはなんの抵抗もなかった。
聖堂は、不気味な沈黙を保っている。
そしてその沈黙の理由は、聖堂の門扉をエリックたちが打ち破るのと同時に、明らかなものとなった。
リザードマンのラガルトをはじめ、特に頑健な性質を持った魔物から選ばれた突撃隊が、開かれた門扉から、雄叫びをあげながら聖堂の中へと突撃していく。
聖堂の中にはどんな罠が待ち受けているかもわからないから、最初は特に頑丈で強力な者を突っ込ませるべき、というラガルトの提案によって結成された突撃隊だった。
自分たちの頑丈さにはそれぞれ大いに自信を持っていた魔物たちだったが、しかし、それでも聖堂に先頭をきって突入していくことは、死を覚悟してのことだった。
だからみな、決死の覚悟での突撃だったのだが、すぐに、ラガルトたち突撃隊は拍子抜けしたように立ち止まっていた。
聖堂の中は、もぬけの殻だったからだ。
警戒していた罠など、どこにもない。
それどころか、きっと聖母を守るために、聖母を狂信的に信仰する信徒たちが待ち受けているだろうと思っていたのに、その信徒たちの姿さえない。
聖堂の中には、ガランとした、虚無の空洞が広がっているだけだった。
「ぬぅぅ、これはいったい、どういうことじゃ? 」
聖堂の中がもぬけの殻であることを知らされ、慌ててそれを確かめに聖堂の中へと足を踏み入れたエリックを護衛しながら、ガルヴィンがそう言って唇をへの字にしている。
誰も、そのガルヴィンの言葉に返答しない。
なぜ聖堂の中がもぬけの殻なのか、誰も説明することができないからだった。
そんなことはない、と思っていたのだが、まさか、聖母はすでに逃げ出してしまっているのだろうか。
否応もなしに、誰の頭の中にもそんな懸念が浮かび上がってくる。
聖母が聖都を脱出したような兆候は、なにもなかった。
聖都は反乱軍による厳重な包囲下にあったし、空間を転移するような強力な魔法を使った痕跡もなかった。
だから、聖母は間違いなく、聖堂にいるはずなのだが。
「この聖堂には、地下があるんです」
警戒をしつつ聖堂の中を見回していたエリックたちに、リディアがそう教えてくれる。
「そこは、聖母の秘密の空間。
私が、聖女として[使われない]時には、他の聖女たちと一緒に、ガラス瓶の中に閉じ込められていた場所。
そして、聖母が隠れて、様々な実験や残虐な行為を行ってきた場所です。
その入り口が、奥にあります。
聖母はきっと、地下で、立て籠もるつもりなのでしょう」
リディアにとって、地下のことはあまり思い出したくない記憶なのだろう。
彼女の言葉ははっきりとしていたが、淡々とした、感情を抑えたものだった。
「よし。その、地下を目指そう」
地下に行かなければならないというのなら、行くだけのことだ。
エリックは即決すると、念のため、聖堂の中に隠れている者がいないかどうかを捜索するように兵士たちの一部に命じ、自身は仲間たちと共に、反乱軍の精鋭を率いて聖堂の奥へと進んでいった。
かつて聖母から、裏切りを告げられた謁見の間。
大勢の信徒たちに聖母の神聖を信じさせるために壮麗に作られた、そのエリックにとって強く記憶に残っている場所を通り過ぎ、エリックたちは、立ち入ったことのない聖堂の深部へと進んでいく。
聖堂はやはり、静かなままだ。
隠れている者がいないか探し回っている兵士たちの音や声などがかすかに聞こえてくるくらいで、あとは、進むたびに響く、鎧の音だけだ。
だが、聖堂には確かに、信徒たちがそこにいたという、生活感のようなものがあった。
聖堂にもともとあった設備だけでは不足したのか、食事を用意するために臨時の調理場を増築した形跡もあるし、そこで煮炊きをした痕跡もある。
聖堂にいた信徒たちが使っていたのか、毛布などの寝具が床に敷かれたままになっている個所もあったし、室内に干された洗濯物などが、そのままかかっている場所もあった。
最初からそこに、信徒たちがいなかったわけではない。
ここにも確かに大勢の信徒たちがいたはずなのに、ある時、忽然と姿を消してしまった。
そんな、印象だ。
やがてエリックたちは、聖母が、特別な信徒たちや、ヘルマンのような、自身の共犯者とでも言うべき腹心たちと会っていた、裏の謁見の間へと入った。
そこでもやはり、聖母の姿も、信徒の姿も見ることができない。
「この、奥です」
油断なく武器をかまえ、周囲を警戒しているエリックたちの先頭に進み出たリディアが、そう言って、さらに奥を手の平で指し示す。
そしてその先には、地下へと続く階段が、先を見通すことのできない深い暗闇を澱ませながら、エリックたちのことを待ち受けていた。