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・第315話:「突入:1」

・第315話:「突入:1」


 聖母を守る最後の盾として、エリックたちの侵入を拒んできた魔法防壁。

 その魔法防壁を無力化する準備が、ようやく整っていた。


 聖堂の正門の前。

 そこには、反乱軍に加わった大勢の魔術師たちが協力しあって作り出した、巨大な魔法陣が描かれている。


 今は、その最終のチェックを、魔法学院の学長、レナータが行っている最中だった。


 レナータは、魔法陣を構成している、魔法的な力をこめられて作られた魔法陣用の特殊な塗料によって描かれた複雑な模様を荒らさないように注意しながら、隅から隅まで、丹念に魔法陣の出来栄えを確認している。

 もしどこか失敗しているところがあれば、聖堂を守る魔法防壁を無力化することはできないのだ。


 魔法陣は複雑で巨大であるだけではなく、要所、要所に、魔法的な意味を持ったアイテムが突き立ててある。

 それは魔法の剣だったり、魔法の杖だったり、それ以外の形をしたアイテムだったり。

 エリックも多少は魔法の知識も持っているのだが、それらがいったいどんな役割で配置されているのかは、まったくわからない。


 やがてレナータは、魔法陣の確認をすべて終えた。


 魔法陣の範囲から出てきて、待っていたエリックたちの姿を見たレナータは、ほっと安心したように微笑む。

 どうやら、魔法陣は問題なく完成している様子だった。


「エリック殿。

 こちらの準備は、整いました。


 あとは、貴方の号令で」


 それからレナータは、魔法陣の周辺に集まってすでに準備を整え終わっていた魔術師たちの姿を確認してから、厳かにエリックにそう告げて、エリックからの合図を待った。


 エリックは一度まぶたを閉じると、大きく深呼吸をして、沈黙した。


 そのエリックの姿を、仲間たちが見守っている。


 エリックのかたわらには、武装を整えた、騎士・ガルヴィン、エルフの戦士・ケヴィン、リザードマン・ラガルトがおり、さらに、魔術師・クラリッサ、元聖女・リディアもいる。

 そして、セリスの姿もある。


 そのさらに背後には、反乱軍の精鋭たちの姿がある。

 聖女たちと戦った時もそうだったが、今回もエリックは、反乱軍の精鋭を選んで、聖堂への突入に同行させるつもりだった。


 いかに聖堂が巨大な建物であろうとも、反乱軍のすべての兵士が一度に突入できるほどの広さなどない。

 ならば精鋭を選りすぐって戦った方が効果は高いし、なにより、生存率も高まる。


 相変わらず、聖母がいるはずの聖堂は、沈黙を保っている。


 しかし、魔法防壁を破って聖堂へと突入すれば、おそらく、激烈な抵抗が行われるだろう。

 聖都を反乱軍が制圧する戦いの最中もそうだったが、聖堂に聖母と共に立て籠もっている信徒たちはおそらく、特に聖母に対する信仰心が厚いはずで、その抵抗のやり方はきっと、狂気じみたものになるのに違いない。


 聖騎士たちのように、聖堂に残っている者の全員が、異形のバケモノに変身して襲いかかってくるという可能性さえある。


 以前、聖騎士たちの暴走を止めた際には、バケモノとなった聖騎士たちに対抗できたのは、エリックがほぼ唯一と言っていいほどの状態だった。

 しかし、あれから反乱軍では聖騎士への対処法の研究が進められ、今では、同様のバケモノであれば対処することができる。


 だが、未知のバケモノが待ち構えている可能性もある。

 そういう危険も考慮して反乱軍ではある程度起こり得る状況を想定し、あらかじめ対策を立ててはあるのだが、いざ実戦となると、待機している兵士たちの表情はやはり緊張したものとなっている。


 それは、エリックも同じだった。


 必ず、聖母を倒す。

 エミリアのような悲劇を、もう2度と、起こさせないために。


 これまで聖母がしてきたことのすべてを清算し、新しい世界を生み出すために。


 そのために戦い続ける覚悟は、とうの昔にできている。

 だが、問題は、本当にエリックの力で聖母を倒せるのか、ということだった。


 聖母が保っている不気味な沈黙。

 それはやはり、聖母がまだ、なにか切り札を隠しているということなのではないかと、そう思えてしまう。


 勇者と、魔王。

 決して交わるはずのない2つの大きな力。


 それを合わせ持ったエリックになら、聖母を倒せるのに違いない。


 エリック自身も、その仲間たちも、反乱軍の将兵もみな、そう信じてこの場にいる。


 だが、もしも、そうではなかったら?

 そんな不安が、エリックの脳裏にちらついている。


 もしそうだったのなら、エリックたちは聖堂に突入したところで、聖母を倒すことなどできないだろう。

 聖母を前に大きな犠牲を積み重ねるだけで、結局、なにも変わらない。


 魔法防壁を破るということは、そんな、徒労に終わるかもしれない戦いを始めるように、エリックがそう命じるということに他ならない。


 自分の命のことだけだったら、エリックも迷わない。

 しかし、実際には、エリックの一言で大勢が傷つき、命を失うのだ。


 その重さを考えると、簡単には言葉が出てこない。


 だが、じっと沈黙していたエリックの手に、暖かな手が触れた。


 それは、セリスの手だ。

 そしてその暖かさを感じると、エリックは急に、迷う気持ちがなくなっていった。


 負けるかもしれない。

 だが、勝てる可能性だって、ある。


 ならば、その可能性を信じて、そうなるように、力をつくして戦うのだ。


「始めてください」


 やがてまぶたを開いたエリックは、レナータに向かってそう言っていた。


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