・第314話:「前夜:3」
・第314話:「前夜:3」
人間と、エルフ。
聖母が作り出した[仕組み]によって線をひかれ、対立することを強いられた2つの異なる種族はこれまで、戦うことしか知らず、互いを敵だと、そう信じてきた。
決して、交わることのない2つの種族。
お互いのことなどなにも知らないに等しかった。
だが、こうして話してみると、エリックには、果たして本当に2つの種族は異なる存在なのだろうかと、そう思えてしまう。
それはもちろん、人間とエルフとでは、文化が違う。
食べ物もそうだし、生活のしかたもそうだし、考え方も違う。
まったく同じ出来事を前にしても、人間とエルフでは抱く感情が異なるのだ。
だがそれは、人間と人間、エルフとエルフでも、同じことだった。
人間も、暮らしている地域が異なればその地域の風土に合わせた生活様式が存在するし、食べるものも違うし、考え方も違ってくる。
そしてそれは、エルフも同様だった。
(エルフだけではない。
他の、亜人種たちも。
汝ら人間が魔物と呼んで恐れ、忌み嫌っている者たちも。
みな、変わらないのだ)
エリックの内側で、魔王・サウラが、エリックにそう教える。
同時に、エリックの頭の中には、サウラを経由して、魔物や亜人種たちが普段、どんなふうに暮らしているのかが伝えられてくる。
サウラの言うとおり、人間も、魔物も、亜人種も変わらない。
違ってはいるのだが、その在り方は多様で、そして、共感できる部分も、ちゃんとある。
(それなのに……、聖母は、この事実を隠して、争わせた。
そんなことは、終わらせないといけない)
その事実を知るのと同時に、エリックの中では、聖母を許すことはできないという気持ちが、強くなっていった。
もし、人間も魔物も亜人種にも共感できる部分がちゃんとあって、お互いに理解しあい、その違いを認め、配慮すれば、共存できるのだということをみなが知っていれば。
長い歴史の間で延々と戦争を続け、互いに互いを絶滅させようと戦う必要など、なかっただろう。
それなのに、聖母は争いが起き、それが継続するように仕向けた。
すべて、聖母自身が神に代わる存在として、この世界に君臨し続けるためだった。
「……もっと早く、こんな風に、セリスと話すことができたらよかったのに」
スープは空になり、いつの間にか日も変わったころ、エリックはそう呟くように言っていた。
「そうだね、エリック。
私も、もっと早く、そうしておけばよかった」
その言葉に、セリスも少ししんみりとした様子でうなずいていた。
「そうすれば、あの、エミリアちゃんとも、仲良くなれただろうに」
そのセリスの言葉に、エリックの心は、鋭く痛む。
エミリアとは、きちんとしたお別れをすますことができた。
だからエリックはその死をすでに受け入れることができてはいるのだが、それでもやはり、エミリアを救えなかったという後悔は、消えることなく残っている。
そしてそれは一生、これからエリックがどれほど長く生きることになったとしても、変わらないはずだった。
エリックの表情は暗く、険しい。
そのことに気づいたセリスは、悲しそうに視線を伏せ、後悔するような声で謝罪した。
「思い出させちゃって、ごめん、エリック……」
「いや、いいんだ、セリス。
もう、オレは、大丈夫だから」
しかしエリックは、そう言って首を振っていた。
それは、本心からの否定だ。
確かにエミリアの死は辛く、思い出すだけで苦しいことではあった。
自ら命を絶って、エミリアと共にありたいと、そう衝動的に思ってしまうほど、耐えがたい痛みを覚えるようなことだ。
だが、エリックはその痛みと向き合えている。
聖母を倒すという望みのために戦い続けるために、生きるという覚悟ができている。
そしてそう思うことができたのは、セリスのおかげだった。
「オレは、大丈夫だ、セリス。
セリスが、オレを救ってくれたから。
セリスがずっと先も、オレのことを……、エミリアのことも、覚えていてくれるから」
エリックは、セリスのことを微笑みながらまっすぐに見つめて、そう言う。
あの時、セリスがエリックを救ってくれたから。
だからこそエリックは、自分がこの世界にたった1人で残された孤独な存在などではないと知ることができた。
自分は、エルフだから。
数百年先でも、エリックがどんなふうに戦い、生きたのかを、覚えている。
そう言ってくれたセリスがいてくれたからこそ、エリックは、絶望の中で聖母との決着をつけるという道を選ぶことができた。
「でも、エリック。
私にできることは、ずっと……、覚えておくことだけ、だよ? 」
セリスは、エリックに、申し訳なさそうにそう言ったが、しかし、エリックは首を左右に振った。
「いや、セリス。
それで、十分なんだ。
セリスが、一番近くでオレの戦いを見てくれて、それを、伝えてくれれば。
オレも、エミリアも、きっと……、生き続けることができるから」
エリックは、テーブルを挟んで向かい側に腰かけていたセリスに向かって手をのばし、そして彼女の手を取った。
かつてのセリスだったらきっと、その手を拒んだだろう。
あれほど人間のことを嫌い、勇者であるエリックのことを憎んでいたのだから。
しかしセリスは、少しためらうようなそぶりを見せつつも、拒まなかった。
「その……、セリス。
もう、ずいぶん遅い時間だと思うけど……、もう少しだけ、話しをさせてもらってもいいかな? 」
そんなセリスのことを見つめ続けていたのが気恥ずかしそうに視線をそらしたエリックは、なるべく自然なふうをよそおいながら、そう言う。
その言葉に、セリスは少し驚いたように目を見開いた。
彼女としては、エリックのことを心配して様子を見に来ただけで、そんなに長く話すつもりではなかったのだろう。
セリスは、少し考え、視線を伏せ、それから、小さくため息を吐くと、顔をあげてエリックのことを見つめながら、柔らかく微笑んでいた。
「うん、いいよ……、エリック」