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・第313話:「前夜:2」

・第313話:「前夜:2」


 時刻は、すでに深夜に近かった。

 明日の戦いに備えて、魔法防壁の解除作業と警備に必要な人員以外は休息に入っているし、エリックも今は休息の時間であるはずだった。


 こんな時間に急にたずねて来るとは、緊急事態かとも思ったが、どうやらそういう雰囲気でもない。

 だとすればきっと、エリックの仲間の誰かが、たずねてきたのだろう。


「どうぞ」


 そう思ってエリックがそう言うと、部屋の扉が開かれ、思った通り、エリックの仲間の1人が姿をあらわす。


 セリスだった。


「こんばんは、エリック。

 その……、様子は、どうかなって思って。


 あと、夜食もあるの。

 よければ、一緒に食べない? 」


 セリスの姿を目にしてかすかに微笑んだエリックにセリスも微笑み返し、それからそう言って、手に持って来たものを指し示して見せる。


 それはどうやら、スープのようだった。

 厚手の保温容器に、深めの木皿とスプーンが2セット用意されている。


「ありがとう、セリス。

 せっかくだから、もらうよ」


 エリックはうなずくと、すぐにイスとテーブルを用意した。

 セリスはエリックが用意したテーブルの上に保温容器を置くと、お玉で中身をすくって木皿にとりわけ、エリックと、自身の前にスプーンと一緒に置いた。


 スープのにおいをかぐと、いい香りだったが、かぎなれない香りがした。

 具材には、根菜類など、エリックもよく知っているものが多かったが、スープの色が赤い。


 一瞬、辛い味付けなのかとも思ったのだが、爽やかな酸味を予感させるような香りがする。

 おそらくエリックがよく知らない、というか、人間社会ではあまり使われることのない、まだ広まっていない材料が使われているのだろう。


 そこに、人間社会ではあまり使われない種類の香辛料が加えられている。


 おそらく、亜人種たちに、エルフ族に伝わっている料理なのだろう。

 ケヴィンたち魔王軍の残党と行動を共にする期間も長かったから、エリックも彼らが食べる料理には慣れたつもりだったが、この料理にはまだ覚えがなかった。


「セリスが、作ってくれたのかい? 」

そのエリックからの問いかけに、セリスは小さくうなずく。


「あのね、ここに来てから、商人たちがトマトっていう野菜を仕入れてくれたから。


 きっと、誰かが仕入れて欲しいって、頼んだんでしょうね。

 トマトはどうも、こっちの、人間が住んでいる大陸だと、ほとんど生産していないみたいだから。


 私ね、トマトって、大好きなの。

 見た目はこんなふうに鮮やかな赤い色で、きれいで……、爽やかで甘酸っぱいの。


 でも、この赤い色が、人間たちには美味しそうに思えなかったみたい。


 だけどね、エリック。

あなたは気に入ってくれるんじゃないかなって、思って」


「それは……、大変だったんじゃないか?


 その……、値段、とか」


 エリックはありがたいと思うよりも、申し訳ないような気持になっていた。


 トマトという野菜の存在は今まで知らなかったし、人間が暮らすサエウム・テラではほとんど流通していないはずの野菜だから、手に入れるのは大変だっただろう。

 商人たちが仕入れてくれた、とはいうものの、仕入れや輸送に手間がかかった分、利益を確保するためにしっかりと値段に上乗せされていたはずだ。


 しかしセリスは、笑いながら首を振る。


「そうでもないよ?

 なんとか買える値段だったし、そもそも、私が久しぶりに食べたかったんだし。


 エリックも気に入ってくれたら、嬉しいけどね」


 それからセリスは、「さ、冷めないうちに、食べてみて」と言い、自分はさっそくスプーンを手に取って食べ始めている。


「んーっ、ああ、本当に、久しぶり!


 作ってる途中に味見で全部食べちゃわないように我慢するの、大変だったのよね」


 本当に、トマトを使ったスープが好きで、食べたかったのだろう。

 セリスは嬉しそうに、自身で作ったスープの出来栄えを喜びながら、スープを口に運んでいく。


 その様子を見ていたエリックだったが、すぐに、思い出したように自分の分のスープを食べ始める。

 嬉しそうにスープを食べているセリスのことを眺め続けていては、なんというか失礼というか、悪いような気がしたからだ。


 スプーンですくって口に運ぶと、口いっぱいに、トマトという野菜の酸味と香り、甘みが広がる。


 少し、びっくりするような味だったが、少し時間を置いてみると、爽やかな風味で食欲が増してくるような感覚がする。

 エルフ族の、人間とは違ったスパイスの使い方も関係しているのだろう。

 美味しい、と思える味わいだった。


(パンとか、あっても良かったな……)


 夕食は別に、しっかりと食べていたはずのエリックだったが、にわかに空腹感を覚えて、そんなことを考えてしまう。

 このスープにちぎったパンをひたして食べたら、かなり美味しいだろうと思えたのだ。


 それから2人は、今まであまり話したことのなかった、互いの個人的な話をしながら、スープを味わった。


 お互いの生まれ故郷のこと。

 どんな家族や友人がいて、どんな毎日を送って来たのかということ。

 どんなものが好きで嫌いで、なにが得意で苦手なのか。


 親しい者なら、当然、知っているような、他愛もないこと。

 しかしそれは、エリックとセリスにとっては、初めて話すことだった。


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