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・第312話:「前夜:1」

・第312話:「前夜:1」


 聖堂を守る魔法防壁は、これまでエリックが目にしてきたものの中で、もっとも強固なものであるようだった。


 それも、当然だ。

 この世界の、神に代わる支配者として君臨して来た聖母が、自らの神聖不可侵を守るために、全世界の優れた魔術師たちを集め、そして聖母自身も手を加えて作りあげたものだからだ。


 一度発動されてしまえば、その効果は、放たれた矢を通さないのはもちろん、投石機を使った攻撃も完全に跳ね返し、魔法や竜の攻撃にさえ十分な防御力を発揮する。

 その証拠に、これまでの戦闘によって聖都には大きな被害が出てしまっていたが、魔法防壁の中に守られた聖堂には傷1つついていない。

 そして、その魔法防壁を発生させている魔法は、この世界でもっとも高度なものであり、大勢の魔術師たちが集まって解除を試みようとしても、難航するほどのものだった。


 魔法防壁がある限り、聖母を倒すことはできない。

 エリックは焦燥感にかられながらも、待ち続けた。


 魔法防壁を無力化することは困難なことではあったが、しかし、着実に無力化は進んでいった。

 どれほど強固で、高度な魔法によって作られている魔法防壁も、時間さえかければ解除できてしまう。


 結局は、人によって人為的に作られたものでしかないからだ。

 そうであるのなら、人によって解除することは、決して不可能なことではない。


 今や聖母のいる聖堂以外の世界のすべてが、聖母の敵となっていた。

 中立を決め込んでいた諸侯の多くもエリックたち反乱軍に味方をしており、魔法防壁を解除するのに必要な時間を、エリックたちは十分にかけることができる。


 そうして、とうとう、魔法防壁の解除の見込みが経った、という報告がエリックの下にあがって来たのは、エミリアたちの葬儀を行ってから、1週間ほど経ってからのことだった。


 エリックはただちに、聖堂への攻撃を実行すると決め、反乱軍の兵士たちに準備を整えさせた。


 待っている間じらされ続けたというのもあったが、エリックの運命をもてあそび、デューク伯爵やエミリア、そしてバーナードを、自身の都合で利用して理不尽に奪って行った聖母を、1秒でも早く滅ぼさなければならない。


 それはもはや、エリック自身の復讐ふくしゅうや、願望だけに留まらない。

 この世界に暮らすすべての人々の、人間も、魔物も、亜人種も関係のない、共通の願いとなっていた。


────────────────────────────────────────


 聖堂への最後の攻撃の、その前夜。

 エリックは自身のために用意された部屋で、じっと、聖剣を見つめていた。


 長大な、ツヴァイハンダ―の形状をした、聖剣。


 それは、聖母が、自身が世界を支配し続けるための仕組みとして生み出した存在である、魔王を倒すために作られた、人間が保有することのできる最強の武器。


 しかし、その真の目的は、聖女が、聖母にとって用済みとなった勇者を、確実に抹殺するための武器。


 その刀身には、魔王も、勇者も、滅ぼすことのできる力が与えられている。


 鈍色に輝く金属の地肌にが、聖剣に与えられた魔法の力によって淡く輝いている。

 その輝きは、人類は勝利できるのだと、魔王を倒すことができるのだと、人々を鼓舞し、何度も何度も、長い歴史の間ずっと、人類の危機を救い続けてきた。


 だが、くり返されて来たその危機は、すべて、聖母が仕組んだ茶番に過ぎなかった。


 聖剣、などと大層な名で呼ばれ、人々から神聖なものとして扱われて来たこの剣も、しょせんは、聖母が作り出した道具に過ぎない。

 聖母が自らの支配を続けるための、システムの一部なのだ。


 この、曇り一つない刀身。

 その鋭利な刃は、いったい、どれほどの血をすすって来たのだろうか。


 この聖剣は、あまたの魔物を、亜人種を斬り捨て。

 そして、エリックと同じように使い捨てにされた勇者たちの血を吸ってきた。


 その中には、エリック自身が手にかけた、バーナードの血も、エミリアの血も含まれている。


(まるで、呪いの剣だな……)


 そのことを思うと、エリックは、聖剣の聖なる光をまとった外見に反して、この剣がよこしまな存在なのではないかと思えてきてしまう。


 なぜなら、この剣は、この剣がもつ力は、誰も幸福にしたことがないからだ。


 魔王を倒すために。

 その目的が、そもそも、聖母の茶番でしかない。

 そしてその茶番の中で、この剣は多くの者の命を奪い、それだけではなく、それを振るって来た者自身を、リディアを、不幸にしてきた。


 この聖剣によって不幸になった者の中には、当然、エリックも含まれている。


 だがエリックは、聖母を滅ぼすために、この聖剣の力を使わなければならなかった。


 おそらく、聖母のことだから、自身に対してだけは聖剣の力も及ばないように、なにか、小細工をしているだろう。

 しかし、今のエリックがもつ魔王と勇者の力を合わせて、この聖剣を振るえば、聖母に対して活路が見出せるかもしれない。


 その可能性に、エリックは賭けたかった。


(断ち切るが良い、エリック。


 この、呪われし剣の力で。


 汝と、我の力とで。


 この世界の元凶を、断ち切って、滅ぼせばよい。

 さすれば、この剣も、真に[聖剣]の名にふさわしいものとなろう)

(ああ、サウラ。

 お前の、言うとおりだ)


 エリックは、サウラの言葉に迷いなく同意する。


 かつて、人類の敵だと信じ込まされ、死力を尽くして滅ぼそうとした、敵。

 魔王・サウラは、今のエリックにとっては、目的を同じくする同志であり、もう1人の自分のような存在となっていた。


 自分と、サウラで、やり遂げる。

 自分たちなら、できる。


 いや、必ず、やるのだ。


 そう決意し、エリックは聖剣を鞘に納める。


 ためらいがちにエリックの部屋の扉がノックをされたのは、その時だった。


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