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・第311話:「葬儀」

・第311話:「葬儀」


 エミリアと、12人の聖女たち。

 聖母に運命を翻弄された少女たちの葬儀は、聖都の市街地の一画、美しいことで有名だった広場で行われることとなっていた。


 四方にのびた広い大通りに、広場を囲む街路樹と、外観を整えられた建物。

 足元は手の込んだタイル細工によって美しく飾られ、街路樹の合間にはいくつもの噴水が配置されている。

 そして、その広場からは当然、聖堂の姿を見ることもでき、その光景は聖都を訪れる信徒たちが一度は目にするべきものとされていた。


 決して消えることのない魔法の明かりによって照らされた広場は、幻想的でさえある。


 しかしそこには、激しい市街地戦の痕跡がはっきりと残されていた。


 信徒たちは聖都のどんな場所でも激しい抵抗を見せたが、この広場も抵抗拠点の1つとなっていた。

 四方にのびる通りにはバリケードを築き、信徒たちは聖都のランドマークともなっていたこの広場を守ろうと戦ったのだ。


 その戦いの結果、整っていた広場の景観は、破壊されてしまった。

 周囲を問い囲む建物の中には焼失したり倒壊したりしているし、火災に巻き込まれて焼け焦げた街路樹が、むくろのようにいくつも突き立っている。

 バリケードは撤去され、戦いで犠牲となった人々の遺体も収容され、葬儀のためにできる限り清掃が行われてはいたものの、広場のもっとも印象的な特徴だった足元に広がるタイル細工も、ところどころ破損したままとなっており、かつての広場の美しい光景は失われている。


 この広場では、大勢が犠牲になった。

 信徒たちも、そして、反乱軍の兵士たちも。


 この広場が葬儀の場所として選ばれたのは、そこが聖都でも有名な場所で、破壊されているとはいっても他の聖都の部分よりは外観が整っているということと、そこで生まれた大勢の遺体を遠くまで運ぶことができないという理由からだった。


 広場には、エミリアと12人の聖女たちを荼毘だびにするための薪だけではなく、大勢の犠牲者たち、信徒や兵士たちを荼毘だびにするための薪がうずたかく積み上げられ、いくつもの火葬台が作られていた。


 そしてその薪の上には、現状でできる限り、精一杯に整えられた遺体たちが、安置されている。

 中央の火葬台には、エミリアと聖女たち。

 周囲にいくつも作られた火葬台には、兵士も信徒も平等に、遺体が安置されている。


 エリックが呼ばれたのは、もちろん、兄として、エミリアを見送るためだったが、それ以外にも、反乱軍のリーダーとして、死者たちとの最後の別れを始める儀式をしなければならないからだった。


 儀式と言っても、単純なものだ。

 エミリアを火葬するための火を、最初にかける。

 それだけだ。


 まだ、戦いは終わってはいないのだ。

 そんな状況では、葬儀といってもどうしても、簡単なものにせざるを得なかった。


 それでも葬儀は、死者たちと最後の別れを済ませるためには、必要なものだった。


 失ったことの悲しみを乗り越えて、また、歩きだすために。

 使者たちにせめて安らかな眠りをもたらすための葬儀は、行わなければならない。


 その別れが、どれほど辛いことであろうとも、だ。


 そして、この葬儀という儀式を必要としていたのは、エリックだけではなかった。

 兵士たちもまた、大勢の仲間を失っていたからだ。


 葬儀の場には、葬儀の準備を手伝うためだけではなく、大勢の兵士たちが集まっていた。


 戦友と、最後の別れを済ませるために。

 そしてなにより、これから訪れるかもしれない自身の死が、こうして弔われるような価値あるものなのだということを、確かめるために。


 集まった人々はみな、それぞれの祈りを捧げている。


 エリックは、火をかけるための松明を手に、エミリアの遺体の前に立った。


 エミリアの遺体を整えてくれたのは、セリスだった。

 セリスはできるだけ丁寧に、精一杯のことをしてくれたのだろう。

 エミリアの姿は美しく、その表情は穏やかで、ただ、眠っているだけなのではないか思ってしまうほどだった。


 だが、エリックがそっとののばした手でエミリアの前髪を軽くなでると、その肌はぞっとするほどに冷たい。

 そしてその冷たさは、エミリアが2度と、エリックのことを呼んではくれないのだということを思い知らせるものだった。


「エミリア。

 父さんと、母さんと……、待っていてくれ。


 オレは必ず、聖母を倒す。

 そしてこの世界が変わるのを、見届ける。


 そうしてからまた、エミリアに、父さんと母さんに、会いに行く、から……」


 エリックはエミリアの前髪を優しくなでながら、そう、最後の言葉を送る。


 それからエリックは、松明の火をゆっくりと積み上げられた薪へと近づけ、火をかけた。


 炎は、勢いよく燃え上がる。

 死者たちを確実に火葬することができるよう、薪にはたっぷりと油がかけられており、炎は一瞬で広がって行った。


 立ち上る炎と煙の中に、エミリアの姿が消えていく。


 エリックが火をかけたのを合図として、他の火葬台にも次々と火がかけられていった。


 その時、聖都の各地でも、同様の葬儀が行われていた。

 それだけ聖都をめぐる戦いで、大きな犠牲が出ていたのだ。


 聖母はエリックたちが葬儀を始めても、やはり、沈黙を保っている。


 いったい、どんなことを考えながら、聖母はこの光景を目にしているのだろうか。

 冷酷な聖母らしく、なんのあわれみの感情もなく、嘲笑しているのだろうか。


 エリックは、この葬儀の光景を、自身の記憶にしっかりと刻みつけていった。


(こんなことは、もう、終わらせるんだ)


 聖母を倒して、世界を解放する。

 そうして、こんな犠牲者たちをもう生み出さなくて済むような世界を、作るのだ。


 エミリアとの別れを済ませたエリックは、その視線を、日が落ちて黒々とした不気味なシルエットを見せている聖堂へと、まっすぐに向けていた。


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