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・第310話:「不気味な沈黙」

・第310話:「不気味な沈黙」


 これまでの戦いで、聖都のほとんどの区域が、反乱軍によって制圧されていた。

 狂信的な信徒たちによる抵抗は完全に排除され、降伏を拒んだ信徒たちはみな、討ち死にするか、自ら命を絶った。


 生き残った信徒たちは、今は聖都の郊外に作られた収容施設に入れられ、そこで正式な処遇が決定するまでの間、監視されることとなっている。

 捕虜となった信徒たちの表情は決して明るいものではなかったが、エリックには、信徒たちを見せしめに虐殺しようとか、そういう考えはない。


 すべての責任は、聖母にこそあるはずだからだ。


 聖母に残された場所は、ただ1つ、聖堂だけとなっていた。

 聖母の棲み処であり、長く続いて来た支配の間、聖母がほとんど離れたことのない、不可侵であるべきとされた聖地だけだった。


 その聖堂を守っているのは、魔王城や魔法学院にあったのと同等か、より強力な魔法防壁だけだった。

 そしてその魔法防壁は今、反乱軍に集まった魔術師たちの手で、着実に解除されようとしている。


 その間に、エリックは反乱軍の兵士たちを休養させ、聖堂での最後の戦いに備えさせることとしていた。


 もはや聖母に従う戦力はほとんど残ってはいないはずだったが、聖堂の中にはどんな罠が待ち受けているかもわからない。

 かつて聖女として聖母の道具にされていたリディアによると、聖堂には一般の信者たちに見せつけるための表、聖母たち教団の幹部たちだけが立ち入ることのできる裏、だけではなく、巨大な地下施設まであるらしい。


 地下は聖母の、秘密の空間だった。

 そこで聖母は公にできないような様々な魔術や邪法の実験をくり返し、自身の不老不死を保ち、また、リディアのような、自身に都合の良い道具を生み出して来たのだという。


 聖堂はその外見以上に、大きい建物だった。

 ましてや、まだ、その真の実力のわからない、聖母そのものが無傷で残っているのだ。


 せめて、万全の状態で戦いたい。

 そう考えたエリックは、兵士たちにできるだけ休息を取らせてやりたかった。


 そして休養が必要だったのは、エリック自身も同様だった。


 エミリアの、妹の、死。

 その衝撃の強さからエリックは自ら命を絶とうとするほど、精神的に追い詰められていた。


 セリスが、その場にいてくれたから。

 かつてエリックに約束したとおり、近くで、エリックのことを見続けてくれていたから。

 かろうじてエリックは、死を免れることができたのだ。


 それでもまだ、エミリアの死について、気持ちの整理はついていない。

 だからエリックには、単純に身体を休めるだけではなく、自身の気持ちに整理をつける時間が必要だった。


────────────────────────────────────────


 聖母を聖堂へと追い詰めてから、2日が経過した。

 やはり聖堂を守る魔法防壁は強固なもので、魔術師たちは確実に解除を進めつつも、まだまだ時間がかかりそうだということだった。


 その間、聖母はなんのリアクションも示しては来なかった。


 聖母が聖都から逃げ出したわけではない。

 聖都の周囲は反乱軍によって完全に包囲されているし、空間を転移するような強力な魔法が使用されれば、必ず魔術師たちが気づく。


 聖堂の、奥深く。

 きっと聖母は、今もその玉座に悠然と腰かけているのだろう。


 その反応のなさは、不気味なものだった。

 聖母にはまだなにか切り札があり、その切り札があることが自信となって、その余裕を生み出しているように思えるからだ。


(なにが待ち受けていようと、関係ない。


 オレは、聖母を、滅ぼす)


 エリックの視線の先には、聖母が待ち受けている聖堂の姿がある。

 聖堂は、聖都のどこからでも見えるように作られているのだ。


 時刻は、夕暮れ。

 聖堂は夕日を浴びて赤く、輝いている。


 聖母の威光をあらわすために作られた、いくつもの塔を持つ巨大な聖堂。

 聖都を訪れた信徒たちを感嘆させてきた聖堂のその姿は、しかし、今のエリックには、聖母がこれまでに犠牲としてきた者たちの鮮血で彩られているように思えてならなかった。


「勇者様。

 準備、整いました」


 その時、リディアがエリックのことを呼びに来る。


「リディア。

 もう、オレは、勇者じゃないんだ」

「あっ、その……、ごめんなさい」


 振り返ったエリックが注意すると、リディアは困惑したような顔をしてから、そう言って謝罪する。

 エリックと共に旅をしていた時からずっと「勇者様」と呼んできたから、エリックが「新魔王」と呼ばれるようになってからも、昔のクセが抜けていないのだ。


「えっと、新魔王、様」

「エリックでいい。あと、様、もつけなくていい。


 オレたちはもう、仲間なんだから」


 慣れない様子でエリックのことを新しい呼び方で呼ぼうとするリディアに、エリックは軽く微笑みかけてそう言う。

 するとリディアは少し驚いたような顔をしてから、少し気恥ずかしそうに、嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべ、「それでは……、エリック」と呼び直した。


「それで、もう、始めるのか?


 ……エミリアと、聖女の、そしてみんなの、葬儀を」

「はい。


 どうか、エリックの手で、エミリアさんのこと、送ってあげてください」


 それからエリックがあらためて確認すると、リディアは真剣な表情になり、うなずいた。


「ああ、わかっている。


 オレは、エミリアの兄さん……、だったんだから」


 エリックはリディアに向かってうなずき返すと、もう、歩き始めていた。


 後悔。

 やり直したいと願う気持ち。


 それは、エリックの心の中で、吹き荒れる嵐のように強くあり続けている。


 しかしエリックは、その先へと、未来へと、歩きださなければならなかった。


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