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・第307話:「処刑」

・第307話:「処刑」


※作者注

 本話、引き続き閲覧注意です。

 キャラ死亡および残酷な描写があります。


────────────────────────────────────────


 エミリアは、穏やかな表情で横たわっている。

 まるで眠っているようだったが、それは、2度と目覚めることのない眠りだった。


 エリックは、しばらくの間、泣いていた。

 なにか言葉を発することもできず、なにかを考えることもできず、ただ、肩を震わせ、嗚咽を漏らしながら、時折痙攣し、とめどなくこぼれる涙をぬぐうこともできずに、泣き続けた。


 そんなエリックに、クラリッサも、セリスも、そしてエリックの内側にいるサウラでさえ、一言も言葉をかけることができない。


 エリックはたった今、自身の手で、自身の妹の命を奪ったのだ。

 それがエミリアの最期の願いであったのだとしても、エリックが受けた悲しみ、抱いた後悔は、想像もできないほどに大きいものだろう。


 もしも自分が、もっと早く、エミリアを救うことができていれば。

 きっと、エミリアには、生きるという選択肢もあったはずだった。


 しかし、エリックは遅すぎた。


 できるだけのことを、考えられるだけの努力を、エリックはしてきた。

 あの魔王城で聖母たちに裏切られ、使い捨てにされて以来、エリックは心穏やかに休んだことなどなく、復讐ふくしゅうを遂げるために、そして聖母の手からこの世界を救うために、戦い続けてきた。


 最短経路を、休むことなく走り続けてきた。

 エリック自身、そう思っていたし、それは今、反乱軍として戦っている誰もが、同じように考えていることだろう。


 だが、それでもエリックは、間に合わなかった。

 エミリアは聖母たちによって聖女に仕立て上げられ、エリックと戦うことを強制されただけではなく、もてあそばれた。

 エミリアという存在のすべてを、聖母とヘルマンは奪いつくしたのだ。


 クラリッサが魔法をかけなければ、自我を保てないほどに。

 エミリアは凄惨な経験をし、エリックは、その間、エミリアになにもしてやることができなかった。


 ようやく、助けることができたと思ったのに。

 エリックにできたことと言えば、ただ、エミリアの苦痛を終わらせることだけだった。


 どんな言葉も、今のエリックにとっては、なんの救いにもならないだろう。


 やがてエリックは、ゆっくりと、エミリアの心臓へと突き立てられた聖剣を引き抜いた。

 そして、その切っ先についたエミリアの血を、自身の手で、聖剣の刃で自身の手が傷つくのもかまわずに、エミリアのすべてを抱きしめるように、大切そうにぬぐい取る。


 エミリアが受けたすべての出来事。

 それを、エリックは血の記憶を読み取る力で、自らの記憶に刻み込む。


 それが、どれほどの苦痛を伴う行為なのか。

 クラリッサにも、セリスに、サウラにも、わからない。


「ごめん……、ごめん、エミリア……っ! 」


 ただ、エリックは、聖剣を取り落とすと、エミリアの血がついたままの両手で自身の顔面をかきむしりながら、そう、謝罪する言葉をくり返していた。


────────────────────────────────────────


 誰も、その場から1歩も動くことはできなかった。

 エリックの深い悲しみに、エミリアの受けた苦痛の強さに、クラリッサもセリスも圧倒されて、ただ、じっと見ていることしかできない。


 そんな状況が続いた後、突然、エリックは立ちあがった。

 そして彼は、未だに、この場から逃れようと手足のない状態で必死にもがいているヘルマンへと視線を向ける。


 エリックの顔は、真っ青に青ざめていた。

 全身の体温を失い、ただただ、死者の無念のために動き回っている、動く死体のようになって、その表情は悲しみと憎しみとで歪んでいる。


 ヘルマンは、塔のはじへと這いずっていた。

 最初に逃げようとしていた階段の方はセリスに抑えられており、他に逃げられる場所がないからだ。


 ヘルマンは自身の身体から血を流しながら、ジタバタとあがき、少しずつ、少しずつ、這いずっていく。


 そんなヘルマンに向かって、エリックがふらふらとした足取りで歩きだした。


「え、エリック……」


 今にも死んでしまいそうな。

 そんな形容詞しか思いつかないようなエリックの姿に不安を覚えたセリスは、なんとかそれだけの言葉を絞り出したが、エリックの心には届かなかったようだった。


 エリックの足取りは幽鬼のようにおぼつかないものだったが、それでも、手足を切断された状態で這いずっているヘルマンよりは速い。

 エリックが近づいてくるのに気づいて恐怖の表情を浮かべたヘルマンは、これまでよりもさらに必死になって這いずっていくが、すぐにエリックに追いつかれていた。


「やっ、やめろっ、いえっ、やめてください、エリック様ッ!! 」


 エリックに上から押さえつけられ、仰向けにされたヘルマンは懇願したが、しかし、エリックは眉一つ動かさない。


 その表情に浮かんでいるのは、純粋じゅんすいな殺意。

 ただ、それだけだった。


「ま、待って、待ってください、エリック様!

 わ、わたくしめも、好きでこんなことをやっていたわけでは……っ、ぎゃふっ!? 」


 命乞いをするヘルマンにのしかかったエリックは、なにも言わずに拳を振り上げ、黙々と、ヘルマンの顔面へと振り下ろした。


 何度も、何度も、淡々と。

 エリックは自身の拳の皮膚が割け、骨が露出するような状態になっても、ヘルマンを殴り続ける。


「そっ、そうだっ、取引!

 取引をしようっ……!


 せ、聖母の弱点とか、し、知りたくはないかっ!? 」


 ヘルマンがなにを言っても、エリックの手は止まらない。


「わっ、悪かったっ!


 なっ、なんでも、なんでもするからっ、ゆっ、ゆるして……っ! 」


 エリックの拳が無事では済まないように、ヘルマンの顔面もまた、無事ではない。

 その皮膚も筋肉も打撃によって破壊され、歯と骨を砕かれ、血と肉片とが飛び散る。


 それでも、ヘルマンは生きていた。

 それが聖母から彼に与えられた力であり、そして今は、その力がヘルマンの苦痛を長引かせている。


 だが、振り下ろされ続けるエリックの拳は、着実に、ヘルマンを破壊していった。


「たっ……、たふけ……れっ……」


 もうヘルマンの顔面がどんな形状だったのかも、思い出せない。

 それほどぐちゃぐちゃに、ただの肉塊のように成り果てたヘルマンは、その最後の瞬間まで生に執着した。


 しかし、その命乞いは、エリックの心をほんのわずかも動かすことはない。


 エリックの手によるヘルマンの処刑は、数時間にもわたって、延々と。

 ヘルマンの顔面が完全に潰れ、その生命活動が確実に停止するまで、執行され続けた。


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