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・第30話:「虜囚(りょしゅう):3」

・第30話:「虜囚りょしゅう:3」


 バーナードは、この短時間でエリックを脱走させるための準備をすべて整えていた。


 バーナードは看守を買収しエリックの脱走に気づかないフリをさせ、事前に巡回の兵士の見回りのパターンも調べて、見つからずに港までたどり着ける経路を探し出していた。

 そしてエリックがバーナードの肩に助けられながら港へとたどり着くと、バーナードが手配していた船が、すでに出港準備を終えていた。


 バーナードの出身は人類社会の中でも有力な貴族の家なのだが、その船はどうやら、バーナードの家の個人的な所有物であるらしく、乗っている乗員たちはみな、バーナードを「若様」と呼ぶ、臣下たちであるようだった。


 戦闘用の、大きな船ではない。

 だが、速度が出る上に航洋性も高い、快速船だ。

 この船であれば、エリックの脱走に気づいたヘルマン神父が慌てて追いかけてきたとしても、易々と振り切ることができるはずだった。


 船は、エリックとバーナードが乗り込んだのを確認すると、すぐに出航した。

 船員たちはすべてを心得ている様子で、バーナードに助けられながら船室の吊りベッドに担ぎ込まれたエリックのことはなにも聞かず、帆を張り、夜の海へと静かにぎ出した。


 港には、たくさんの帆船が停泊していた。

 戦闘用の大きくて頑丈な作りの軍船に、物資や人員を輸送するために集められた大小さまざまな輸送船。

 港での雑務や、警戒などに使うための小船など。


 魔王城攻略戦のための物資や人員を供給するため、今は勝利を収めた人類軍を凱旋がいせんさせるために、港には集められるだけの船舶が集められていた。

 その、黒々としたシルエットを見せる船の間を、エリックを乗せた船は静かに、滑るように抜けていく。


 誰にも気づかれずに港を出なければならなかったが、エリックを乗せた船は、堂々と、たくさんのかがり火をたいていた。

 多くの船舶が集まっている港の中を、夜間の見通しが悪い時に航行するのは危険が伴う。

 そんな状況だったから、目立たないようにと明かりをつけずに航行してしまっては、かえって周囲から怪しまれることになるだろう。

 それを避けるために、エリックを乗せた船はあえて堂々と出航していった。


 その作戦は、うまくいった。

 人類軍に参加している諸侯が個人的に所有している船はその諸侯の都合で自由に動き回ることが多く、エリックを脱出させるための出航も、そういった諸侯の都合で行われる航海だと思われたようだった。


 港を出ると船は大きく帆を張り、風の力をめいっぱいに受けて、グングンと加速していく。

 港も、城塞も、魔大陸の影もどんどん遠くなり、小さくなって、煌々(こうこう)と燃えていたかがり火の明かりも、やがて夜の水平線に沈むように消えていった。


────────────────────────────────────────


 エリックは、吊りベッドの上で、久しぶりにぐっすりと眠ることができた。

 左右に大きくローリングする上に風を帆に受けて航行するために常に船体が傾斜する、帆船上でも快適に眠ることのできるように作られた吊りベッドは、それでも多少は揺れるので少し慣れが必要なものだったが、長い過酷な旅で疲れ切っていたエリックには関係なかった。


 そして、久しぶりにぐっすりと眠ることができたエリックが目を覚ますと、バーナードはエリックのために朝食を用意してくれていた。

 といっても、木造帆船上では火気は禁物であり、用意されたのは航海用の保存食を中心とした食事だった。


 だが、それでもエリックにとってはごちそうだった。

 なにしろ魔王城での戦いから今まで、エリックはまともな食事をしていないのだ。

 人間のために作られた人間らしい食事で、空腹を満たせるのなら、それ以上のことはなかった。


 食事を終えると、エリックは再び眠りに落ちた。

 ヘルマン神父と、リーチに復讐する。

 その強い気持ちだけで、無理に無理を重ねて来たエリックの身体は、エリックが自覚している以上に消耗し、休息が必要だった。


 だが、次に目を覚ました時、エリックは、バーナードにあることを打ち明けなければならなかった。


 エリックは、ヘルマン神父とリーチの手によって一度、確かに死んだ。

 だが、エリックは黒魔術によって復活させられ、そして、その身体の内側には、困難な旅の果てにようやく倒した魔王・サウラの魂が存在している。


 つまり、ヘルマン神父の言葉は、その一部では真実をとらえていたということだ。

 エリックは、エリック以外の何者でもなかったが、その身体の内側には魔物が、それも最大最強の存在である魔王がいるのだ。


 エリックに呼び出されたバーナードは、最初、エリックの話を信じてはくれなかった。

 過酷な旅で衰弱したエリックが錯乱し、荒唐無稽こうとうむけいな空想を抱いているのだと思ったようだった。


 だが、バーナードはやがて、エリックの言葉を信じてくれた。

 エリックの口調がはっきりとしていて、話す内容にも矛盾が少なく、あきらかにエリックが正気を保ちながら話しているとわかったからだった。


「まさか、そんなことになっていたとは……」


 エリックの話を聞き終えた後、バーナードはそう言って頭を抱えていた。


 魔王・サウラを倒すためには、バーナード自身もその身体を犠牲にして、刺し違えるような戦いをしているからだ。

 魔術師のクラリッサの手早い治療で一命をとりとめ、早期に回復を果たしてはいるものの、サウラという名前にはバーナードも思うところがあるのだろう。


「とにかく、聖母様にお話ししよう。……聖母様なら、きっと」


 バーナードはしばらくの間無言だったが、やがてそう言った。

 その言葉に、エリックも同意して大きくうなずく。


 聖母。

 それは、神から地上世界の統治を任された、人類の守護者たる聖なる存在だった。

 不老不死で老いることなく、その加護によって人々を守り、エリックに勇者として世界を救う力を与えてくれた存在だ。


 その、聖母であれば。

 必ず、公平な裁きを行い、エリックを裏切った者たちを罰し、そして、エリックの内側に存在している魔王・サウラについても対処してくれるはずだった。


 今のエリックは、そう、希望を持つことができる。

 なぜなら、エリックは仲間に裏切られたが、バーナードはエリックが知っている[親友]のままであったからだ。


 聖母に会うことさえできれば、すべて、うまくいく。

 エリックはそう信じると、バーナードの「休んだ方がいい」という言葉に従って、再びベッドで眠ることにした。


 目を閉じると、エリックはそこに、確かにサウラがいることを感じ取ることができた。

 だが、サウラは無言のまま、なにも言わずに、じっとそこにいるだけだった。


 それが不気味ではあったが、エリックは新たに生まれそうになる不安を振り払い、少しでも体力を回復させるための眠りについて行った。


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