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・第29話:「虜囚(りょしゅう):2」

・第29話:「虜囚りょしゅう:2」


 魔王・サウラに、自分の身体を明け渡す。

 すべてを受け入れ、成り行きに任せて、エリックは消え去る。


 もう、こんな、絶望しかない世界と向き合うのは、イヤだ。


 エリックが、サウラからの誘いに乗ろうとした時だった。

 地下牢のある区画と地上とを隔てている扉が開き、誰かが、階段を降りてエリックのいる牢獄へ向かってくる足音が聞こえてくる。


「エリック。……大丈夫、な、わけがないよな……」


 あらわれたのは、バーナードだった。


 エリックの牢獄の前に立ち、悲しそうで、心配そうに、泣きそうな表情を見せたバーナードの姿を見て、エリックも思わず涙腺るいせんが緩んだ。

 そして、あれだけ飢えて、乾いていたのに、エリックの頬を一筋の涙が伝って行く。


「エリック。……オレは、お前が、本物のエリックだと思っている。だが、ヘルマン神父の言うように、魔物が化けているという可能性も、正直、捨てきれずにいる」


 自分の方を真っ直ぐに見つめながら涙をこぼしたエリックの姿を目にして、バーナードはなにかを決意したような表情を浮かべ、言った。


「だから……、オレに、お前が本物のエリックか、そうでないかを、確かめさせてくれ」


 そしてバーナードは、エリックに、2択式の質問をした。

 本物のエリックにしか答えられないような、そんな質問だ。


 2択なのは、拘束されたままのエリックでも、視線の動きだけで「はい」と「いいえ」の意思表示をできるようにするためだ。

 そして、それだと半分の確率で正解となってしまうために、エリックは、いくつか複数の質問を用意してきていた。


 エリックは、そのすべての質問に、正解した。


 エリックの父親の名前。

 エリックの妹の名前。

 エリックとバーナードが最初に出会った場所。

 共に旅をしていた間の出来事。

 そして、エリックとバーナードしか知らないような、互いの秘密。


 エリックとバーナードしか知り得ないような、大切な質問。

 エリックが、エリックであるという証明。

 エリックは、間違いなく、エリック自身で、それ以外の何者でもなかった。


「よかった。……やっぱり、お前は、本物のエリックだ」


 エリックがすべての質問に正解すると、バーナードは嬉しそうに、ほっとしたように笑顔を見せる。


 彼は、ここにいるエリックが本物であると信じていると言っていた。

 だが、直接確かめるまでは、いくらか迷いも残っていたのだろう。


「エリック。落ち着いて、聞いてくれ。……ヘルマン神父は、お前を処刑するつもりだ」


 エリックが本物のエリックであると確信したバーナードは、真剣な表情浮かべ、迷いのない口調でそう告げた。


「なんでも、[勇者様の姿を偽り、聖母様を暗殺しようと目論んだ不遜ふそんな魔物を、見せしめにする]のだそうだ。……そして、処刑は明日、処刑場の準備が整い次第行われる。……処刑方法は、火刑だそうだ」

(火刑、か。……それは、少々困るな。さすがに汝の肉体が消し炭となっては、我が復活することはできぬだろう)


 バーナードの宣告に、サウラが不愉快そうな口調で言う。

 どうやら、明日、火刑にされてしまえば、エリックが魔王・サウラとして復活することはなくなるようだったが、同時に、裏切ったヘルマン神父やリーチへの復讐は絶対に果たせなくなってしまうらしい。


 それに、明日、処刑するというのは、なんとも急な話だった。

 エリックにはなんの弁明もさせず、形だけの裁判も受けさせずに、一方的に[魔物が化けている]と断罪して始末するつもりであるらしい。


「だが、安心してくれ。……そんなことは、このオレがさせない」


 表情に悔しさをにじませるエリックに、バーナードは力強い笑みを向けた。

 そして、彼はそのふところから鍵束を取り出し、その内の1つを使って、エリックの牢獄の鍵を開いた。


「エリック。ここから、逃げよう。……逃げて、直接、聖母様に事の次第をご報告するんだ」


 そしてバーナードはそう言うと、ナイフを取り出し、エリックを拘束している荒縄を切り、さるぐつわを外し、そして、手枷と足枷を外した。


「バーニー……! 」


 エリックは、バーナードに助け起こされながら、感極まったように震える声でなんとかそれだけを言葉にする。


 すべてを、諦めよう。

 エリックはそう決心しかけていたが、そうしなくて本当に良かったと、心の底から思うことができた。


 そんなエリックに肩を貸し、地上へと向かいながら、バーナードはエリックに向かって、はげますような笑みを見せる。


「看守とは、話をつけてある。……後は、港に向かって、船で海に出て、聖母様のところへ向かう。船は、もう、手配も済んでいるんだ。オレの父上の臣下たちで、みんなオレの知り合いだから信用できる」

「……ありがとう。バーニー。本当に……」

「いいんだ。……お前は、誰よりも世界のために頑張っていた。そんなお前がこんな目に遭うなんて、間違っているんだ」


 震える声でなんとか礼を言ったエリックに、バーナードは、エリックが他のどんな言葉よりも言って欲しかった言葉を言ってくれる。


 そう。

 こんなことは、間違っている。


 エリックは、世界のために、人々のために、どんな努力も惜しまず、自分よりも他を優先してきたのだ。

 そんなエリックが、裏切られ、捨てられ、そして、裏切った者たちだけが堂々と生き残るなどということは、あってはならないことだった。


 バーナードは、エリックと同じ気持ちだった。

 彼は、エリックが信じた友のままだったのだ。


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