・第285話:「ライ:1」
・第285話:「ライ:1」
「マァ、マァ、ミナサン。
ココハヒトツ、シンマオウサマニスベテ、オマカセシテミヨウジャナイカ」
紛糾する作戦会議の場で、互いに自身の思惑のために意見をゆずろうとしない貴族出身の3人の将軍たちをなだめるようにそう言ったのは、4人目の将軍、新たに反乱軍に合流した魔王軍の残党出身の魔物、オークだった。
「ワレワレハミナ、シンマオウサマガオレバコソ、アツマッタノデハナイカ。
ソモソモ、シンマオウサマガ、セイボヲホロボセナケレバ、アツマッタイミナドナイ。
ナラバココハ、スベテヲシンマオウサマニオマカセシテ、モットモセイボヲタオシヤスイヨウニシテモラウノガ、イチバンデハナイカ」
今までじっと腕組みをして作戦会議の成り行きを見守っていたオークの将軍がそう言うと、貴族出身の3人の将軍たちは互いの顔を見合わせて押し黙った。
エリックが聖母を倒すことができなければ、なんにもならない。
オークのその指摘は、真理だったからだ。
3人の将軍たちは互いに、聖母を倒した後に得る自身の利益をできるだけ大きなものとするために争っていた。
だが、それはいわゆる、取らぬ狸の皮算用という奴で、聖母を実際に倒すことができなければ始まらないのだ。
ここでどれほどの利益を確保しようと、エリックが聖母を倒すことができなければ、なにも得ることはできない。
その事実を思い出した将軍たちは、みな、一様に押し黙って考え込んだ後、「誠に、おっしゃる通りだ」という趣旨のことを言って引き下がった。
そのオークの発言に、エリックは、助けられたような心地がしていた。
オークの言葉で、紛糾していた作戦会議が一気におさまったというだけではない。
聖母を倒さなければなんにもならないのだと知らしめ、エリックがもっとも聖母を倒しやすいように、エリックに作戦を選んでもらうべきだと、聖都を総攻撃する作戦のすべてをエリックに委ねようと言ってくれたのだ。
つまりエリックは、自身の考えだけで、作戦を決めていいことになる。
もちろん、他の意見は参考としたいので聞くが、今までのように将軍たちの思惑がにじみ出る主張を長々と聞かずに済むようになる。
(確か、ライ、という名前のオークだったな)
エリックは、顔に剣の切り傷なのか、大きな傷跡を持つたくましい戦士らしい風貌をしたオークの方を見つめながら、彼の名前を思い出していた。
確か、元々は聖都を攻撃するために進軍して来た魔王軍に所属していた魔物で、その内の1部隊を指揮下に置いた部隊長だったと聞いている。
聖母に勇者として選ばれたエリックを先頭として行われた反撃で、サエウム・テラへと侵攻していた魔王軍が打ち破られて散り散りとなった際、ケヴィンたちと同じように落ちのび、今までうまく隠れ潜んできたのだという。
ライは、200ほどの魔物や亜人種たちを率いて反乱軍に加わってきていた。
その勢力から言えば、他の大勢の諸侯たちと比較にならないほどの小規模なものでしかなかったが、人間、魔物、亜人種による共闘、というのが反乱軍の根幹である以上、人間だけを将軍とすることもできず、ライが4人目の将軍として選ばれたのだった。
(人間よりも、魔物の方が信用できるなんてな……)
エリックは、紛糾していた作戦会議をうまくまとめてくれただけではなく、エリックにとってもっともやりやすいように、作戦の決定権をエリックに委ねてくれたライに、内心で感謝していた。
「作戦をオレに委ねてもらえるのだとしたら、オレとしては、それに越したことはない。
必ず、聖母を倒して見せると、そのために最善と思える作戦を立てると、みなに約束させてもらう。
どうせ、聖都の城壁を崩すには、まだ時間がかかるし、船ももう少し用意する必要がある。
具体的な作戦が決まればあらためて作戦会議を開いて知らせるから、今日のところはひとまず、解散としたい」
そして、ライの援護射撃のおかげで、エリックはそう言って、ひとまず作戦会議を解散することができたのだった。
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作戦会議が終わると、会議に参加していた幹部たちはそれぞれの持ち場へと戻っていく。
(エリックよ。
あの者、うかつに信用してはならぬぞ)
エリックの内側に今も存在している魔王・サウラが、唐突にそう声をかけてきたのは、エリックが腹黒い話をたっぷりと聞かされて、すっかり凝ってしまった筋肉をほぐしながら、作戦会議が行われていた天幕から人々が出ていく姿を眺めていた時のことだった。
(信用できない、って……、ライのことか? )
(左様)
エリックが自身の精神世界に意識を向け、サウラに問いかけると、サウラははっきりと肯定してくる。
(どうしてだ?
ライは、オーク、魔物だ。
元々は、サウラ、お前と一緒に聖母を倒すために戦っていたんだろう?
それに、魔物たちは長年、聖母たちに弾圧されて来たんじゃないか。
聖母を倒すために戦ってくれるというのに、疑うようなところはないんじゃないのか? )
(ウワサが、あるのだ)
エリックはサウラの言葉が不思議だったが、サウラは、根拠があってライのことを疑っているようあった。
(かつて、我が魔王軍は、聖都に迫るほど優勢であった。
しかし、エリック、汝が勇者として立ったことによって、その優勢はくつがえされることとなった。
その働きは、見事なものであった。
その一方で、にわかに戦況が我らにとって不利となったのには、汝が勇者として戦った以外の理由があると、ウワサになっていた。
我ら魔王軍のうちに裏切り者がいて、聖母に情報を流している。
そんな、ウワサだ)