・第284話:「集まった者たち」
・第284話:「集まった者たち」
グォン、と風を切るうなり声を発しながら、石弾が投石機から放たれる。
放たれた石弾は、悠々と数百メートルも空中を飛翔し、1つ1つが100キロ以上もある石弾で、聖都を守る城壁を打ち砕いていく。
聖都を守る城壁は、やはり固い。
長い聖母の支配の中で、多くの人間たちを労力として駆り出して動員し、石を正確に切り出して隙間なく並べた聖都の城壁は、見た目が美しいだけでなく衝撃にも強く、投石機で攻撃を加えても簡単には破壊できなかった。
しかし、エリックたち反乱軍はそれでひるむことなく、投石による攻撃を続けた。
人間社会の多くを味方につけた反乱軍にはもう、補給の問題もなく、時間をかけてじっくりと聖都を攻撃することができるからだ。
それに、反乱軍の投石に対して、聖都の側からの反撃が少なかった。
まれに、魔法や、城壁に設置された投石機などから反撃が加えられてくることはあったが、それは反乱軍が行っている攻撃よりもずっと小規模なものでしかない。
エルフの魔術師であるアヌルスや、魔法学院の学長であるレナータらに率いられた魔術師たちの手で、ほとんど防げてしまうような攻撃でしかなかった。
もっと大規模な反撃があるものと覚悟していたのだが、どうやら、聖都には魔術師の数も不足し、そこを守る信徒たちの練度も予想以上に低いらしい。
魔法による反撃を大規模に実施できるだけの魔術師がいないし、聖都の城壁に設置されている攻城兵器をまともに動かせる知識を持った兵士もいないようだった。
反乱軍は投石による攻撃を続け、徐々に効果があがりつつあった。
城壁の数か所を突き崩し始めていたし、聖都を守る尖塔のいくつかも倒壊させた。
城壁を守る信徒たちは、投石によって崩された城壁を少しでも元に戻そうと、必死に修復作業を続けている。
しかし、絶え間なく飛来する石弾によってその作業は妨害され、遅々として進まず、日に日に城壁の破損は広がって行った。
かつて壮麗さを誇った聖都の城壁は、反乱軍の攻撃によって徐々に破壊され、崩れていく。
その様はまるで、聖母の支配の終わりが近づいてきていることを示しているようだった。
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もう、数日もの間、投石攻撃が続けられている。
聖都を守る城壁の被害はますます増えつつあり、まだ数日はかかるが、船で乗りつけて突破できるほどに突き崩すことができそうだった。
今日も、反乱軍の陣地からは盛んに投石攻撃が続けられている。
交代制で、昼夜も休むことなく続く投石の音が、エリックたちの頭上で鳴り響いている。
エリックたち反乱軍は、その幹部を集めて、作戦会議を行っていた。
その目的は、聖都の城壁を十分に崩した後に実施する、総攻撃の部署を決めるためだった。
そこには、ケヴィン、ガルヴィン、ラガルト、アヌルス、レナータ、リディア、クラリッサ、セリスなど、これまでずっと反乱軍の幹部として、エリックと共に戦って来た者たちの姿がある。
だが、今はそういったいつものメンバー以外にも、作戦会議に参加している者たちがいる。
反乱軍に加わって来た諸侯の代表者たちだった。
エリックたち反乱軍は、集まって来た諸侯を再編成し、4人の主要な諸侯たちを将軍に任命して指揮を任せていた。
数百にもなる諸侯の軍勢をイチイチ個別に指揮するのは煩雑すぎるし、代理で軍を任せられる将軍は、どうしても必要だった。
4人の将軍たちは、それぞれ、聖都の東西南北に配置されている。
運河の城塞を攻略する前にエリックの下に集まって来た比較的古参の7万がエリックの直接の指揮下にある本軍で、それ以外のおよそ13万がほぼ均等に4分割されて、それぞれの将軍の手に委ねられていた。
将軍のうち、3人は人間だったが、1人は魔物だった。
3人の人間たちはそれぞれ人類社会でも有力な諸侯たち、とくに身分の高い貴族たちで、本来であれば能力で将軍を決めたいところだったが、じっくりとそれぞれの能力を見極めている余裕もなかったために、とりあえず選ばれた者たちだった。
そして魔物で将軍になった者は、新たに反乱軍に加わって来た魔王軍の残党で、オークと呼ばれる、猪を人型にしたような外見の魔物だった。
そして今、それら4人の将軍を加えた作戦会議は、紛糾していた。
攻撃の部署を巡って、対立しているのだ。
聖母を倒すという目的は、全員が共有している。
しかし、問題となっているのは、[聖母を倒した後]の、[取り分]だった。
反乱軍に加わって来た諸侯は、決して、[聖母を倒す]という義憤によって参加して来た者たちばかりではなかった。
聖母と反乱軍、どちらについた方が自身にとって得か、そういう打算や思惑をもって参加して来た諸侯も数多い。
そして、元々高位の貴族だったからと選ばれた3人の貴族たちは、そういった思惑を特に強く抱いて参加して来た者たちだったのだ。
聖母を倒す過程で功績をあげ、自身の領地を拡大し、さらなる権勢を得たい。
聖母亡きあとの世界を支配するのはおそらくエリックであろうから、そのエリックの下で、王といった地位につきたい。
そんな願望を持った貴族出身の将軍たちは、もっとも手柄を立てやすい部署を巡って対立し、あるいは、自己にもっとも有利となりやすいような作戦を採用させようと、作戦会議の場で画策していた。
もちろん、表立って我田引水するようなことはない。
彼らは貴族出身で、そういった政治駆け引きには慣れているから、表向きにはエリックの志に賛同してあつまった義士、というふうをよそおいながら、巧みに作戦会議を自身の都合の良いように誘導しようとしてくる。
しかし、そのことに他の貴族出身の将軍たちも気づいているから、その誘導を阻止しようとし、結果、議論が紛糾してしまっているのだ。
口ではなんと言っていようと、その本音は、自分がもっと多くの取り分を得たいという欲でしかない。
そのことに、元々の反乱軍の幹部たちの多くは感づいていたし、エリックも気づいていた。
自分は、甘ちゃんだった。
そう自覚して以来、エリックは視野が広くなり、いろいろなものが見えるようになってきている。
表面的には義士を気取っている将軍たちの思惑も、手に取るようだった。
(こいつらを選んだのは、失敗だった……)
エリックは内心で、頭を抱えていた。
将軍の人選をする際、とにかく組織の形を作ろうと、安易に身分の高い貴族を将軍に選んだのだが、結果としてその将軍たちは自己の利益を追求し、作戦会議を紛糾させてしまっている。
かといって、今さらこの将軍たちを解任することもできない。
もしそんなことをすれば、自己の利益が大事なこの将軍たちは、自身の指揮下にある兵を率いて謀反を企てかねないような雰囲気があるからだ。
ただ、かえって信用のおける者たちでもあった。
少なくともエリックが聖母に勝利する可能性がある内は、彼らは利益を得るためにエリックを裏切ったりはしないはずだからだ。
エリックは正直に言って、これ以上この将軍たちの言葉を聞きたくなかったが、今はエリックとしても、彼らの力が必要だった。