・第281話:「狂信者」
・第281話:「狂信者」
エリック、クラリッサ、セリスの3人と、竜騎士たちからで成るクーデター部隊は、城塞の中枢部のほとんどを占拠していた。
城塞にいた教会騎士たちはあらかた討ち取られ、残っているのは司令室に立て籠もっている指揮官と、20名ほどの教会騎士たちだけだった。
それに対して、エリックたちクーデター部隊は、正確な数はわからないものの1000名以上にまで拡大している。
クーデターに直接は参加していない人類軍の兵士たちも抵抗しようという意思は見せておらず、実質的に味方であると見なしてもいいほどだった。
それでも、城塞の指揮官と生き残った教会騎士たちは、抵抗をやめない。
なんの勝算もなく、後は皆殺しにされるだけ、という状況であるにもかかわらず、彼らは聖母への忠誠を貫くつもりであるようだった。
彼らが最後の拠点とした城塞の司令室の扉は、固く閉ざされている。
鋼鉄製の頑丈な作りであるだけではなく、魔法に対する防御まで備えられた、強固な障壁だ。
その堅固な扉を突破するために、エリックたちクーデター部隊は準備をしなければならなかった。
扉にかけられている魔法による防御を消滅させ、扉を押し破るには、どうしても時間がかかるのだ。
扉の魔法による防御に対処するために、クラリッサと、後からクーデターに加わった人類軍の魔術師たちが扉の前に集まっていた。
魔術師たちは互いに相談しあいながら、魔法の杖を扉にかざしたり、魔法の力を検知する魔法具を使用して扉にかけられている魔法がどんなものなのかを探ったりしている。
扉にかけられている魔法は1種類ではなく、複数あってそれを1つ1つ順番に解いていかなければならないため、魔術師たちは難しそうな顔をしていた。
その様子を、エリックたちも険しい表情で見つめていた。
ただ、エリックたちの表情が険しいのは、司令室の扉が簡単には開きそうにないからではなかった。
司令室の中から、立て籠もった指揮官や教会騎士たちが聖母への祈りの言葉を捧げているのが、聞こえてくるのだ。
扉は分厚い鋼鉄製だったが、動かせるものであるために隙間があり、そのすき間から部屋の中の声がくぐもって聞こえてくるのだ。
部屋の中から聞こえてくる祈りの言葉は、そこに立て籠もっている人々が、抵抗がもはや無意味だと知っていることを示していた。
彼らは抵抗してもなんの勝算もないことを理解しているからこそ、死を前にして、聖母に祈りを捧げているのだ。
そんなことをしたとしても、聖母は彼らの魂を救済することなど、あり得ないというのに。
聖母の目的は、自身がこの世界を支配し、神のような存在として君臨し続けることであって、人類の守護や救済といったことは、人間たちに聖母を信仰させるための甘言でしかないのだ。
あくまで聖母を信仰し続ける。
そんな者たちの狂信が、エリックたちには不気味なものに思えていた。
人間というのは普通、互いに意思疎通のできる存在だ。
そのために言語があるのであって、表情や仕草によって人間は様々なコミュニケーションをとっている。
しかしながら、今、司令室に立て籠もっている者たちは、その常識からは外れた存在だった。
その思考は硬直し、聖母を信仰する以外のことは考えられず、聖母に正義がないことを示す証拠がすでにいくつもあがっているのに、それを頑なに信じようとしない。
いや、そもそも見ようとすらしていない。
エリックや他の者たちが、どんなことを言っても、聖母こそが悪なのだという証拠をどんなに突きつけようと、彼らはそれを信じない。
彼らは、話しの通じない、通常のコミュニケーションが成り立たない相手なのだ。
そんな異質な存在が現実に存在しているという事実に、エリックたちは戦慄のような感覚を覚えずにはいられない。
そしてなにより、明らかに力量で劣り、質でも数でも圧倒できてしまう相手を、これからエリックたちは一方的に斬り捨てなければならないのだ。
それはもはや、殺戮や虐殺と言えるようなことだった。
ここに至るまでの間にエリックたちは多くの実力のない教会騎士たちを倒して来たし、今さらではあったが、やはり、一方的に倒すというのは、後味のいいものではない。
やがて、扉から漏れ聞こえてくる祈りの言葉が途切れた。
聖母への祈りを終えた指揮官たちは、静かにエリックたちが突入してくるのを待っているようだった。
やがて魔術師たちは、扉にかけられていた魔法の防御をすべて解き終えた。
そうして魔法に対して無防備になった扉に対し、魔術師たちはあらためて魔法をかけ、カギなどの装置を破壊する。
頑丈な扉も、もはやなんの障壁ともならなくなっていた。
そしてその扉を、エリックたちは押し破って、司令室へと突入する。
司令室は、将校たちを集めて作戦会議などもできるように、かなり広く作られていた。
周囲は破壊するのが困難な頑丈な石造りの壁で囲われ、壁にかけられた燭台の明かりや天井に灯された魔法の明かりで淡く照らされている。
ようやく司令室に突入できたエリックたちだったが、すぐに、その部屋の異様さに気づいた。
まず感じたのは、鼻をつく血の臭いだった。
それはかぎなれた臭いだったが、密室だった司令室の中に漂うものはひときわ濃密なもので、鉄臭く生臭い。
それと同時に、エリックたちは、予想していた敵の抵抗が、まったくないことにも気がついていた。
エリックたちにかなわないまでも、立て籠もっていた指揮官や教会騎士たちは最後の抵抗をしかけて来るだろうと、そう思っていたのだ。
どうして、抵抗がないのか。
その理由は、すぐにわかった。
司令室に立て籠もっていた城塞の指揮官も、教会騎士たちも全員、エリックたちが突入してくる前に、自決していたのだ。