・第280話:「城塞攻略」
・第280話:「城塞攻略」
竜騎士たちがあげる喚声を耳にして、守備についていた教会騎士たちが次々と駆けつけ、部屋で休んでいた教会騎士たちも次々と通路に飛び出してくる
しかし、彼らはほとんど障害にならなかった。
装備だけは充実しているものの、十分な訓練も受けずに前線に出された彼らは、歴戦の強者も数多くいる竜騎士たちにはまったく歯が立たなかったのだ。
エリックも4、5人は教会騎士を斬ったが、今まで相手にしてきた教会騎士たちとはまるで別物だと感じていた。
動き方は素人丸出しだったし、剣も適当に振り回されるだけでろくに威力はなく、聖剣の力を借りるまでもなく圧倒することができた。
「目指すは、城塞の指揮官の首!
そして、教会騎士たちだ!
他の兵士は、抵抗する素振りを見せなければ、無視して進め! 」
竜騎士の隊長がそう叫びながら、突き進んでいく。
教会騎士たちは、エリックたちにはまるで歯が立たないにもかかわらず、前に立ちはだかり続けた。
技量はともなっていなくとも、聖母への忠誠心だけは厚い教会騎士たちは、一方的に倒されていても少しもひるむ様子もなかった。
それどころか、教会騎士たちは嬉々として死に臨んでいた。
切り捨てられ、床に崩れ落ちた拍子に頭の被り物がとれ、あらわになった教会騎士の顔には、恍惚とした笑みさえ浮かべていたほどだった。
聖母のために戦って死ねば、永遠の栄光が約束される。
聖母の教団ではそう教えていたし、聖母への忠誠心の厚い教会騎士たちは、その教えを信じきっているようだった。
(狂信者がッ! )
エリックは、そんな教会騎士たちの姿に嫌悪感を覚えていた。
聖母の教え。
そんなものは、ウソなのだ。
聖母がやっていたことは、自分がこの世界を支配し続けるために魔王軍という脅威を生み出し、その自分で生み出した脅威から人類を救って見せ、自身の威光を強化するという、いわば自作自演なのだ。
そんな偽物の神でしかない聖母の教えを、教会騎士たちは疑うこともなく信じている。
すでに聖母の正義は信じるに足らないものでしかないと、様々な証拠が示されているにも関わらず、それでも教会騎士たちは聖母への信仰をやめない。
思考が硬直しきっている。
聖母は絶対であり、その聖母へ仕えている自分たちは、選ばれた存在なのだという意識に固執し、聖母の正義を否定する事実が示されても見て見ぬふりをする。
そうして、教会騎士個人が戦って死んでいくだけなら、それでもいい。
聖母への信仰のために立ち塞がるというのなら、エリックはそのすべての教会騎士を斬り捨てるだけのことだからだ。
だが、教会騎士たちはその自身の信仰を、他の人々にも押しつけている。
人々を監視し、抑圧し、聖母の名の下に戦うように仕向けている。
エリックが解放した捕虜たちを、生き埋めにせよという聖母からの命令。
その命令だって、教会騎士たちはなんの疑いも持たず、実行するように兵士たちに強制したのだ。
彼らのような、狂信者たちがいなければ。
もっと、聖母の存在について、疑うということを、自分の頭で考えようとしていれば。
人間も魔物も亜人種たちも、これほど長い間、互いに殺し合いを続けることもなかった。
エリックも、聖母に騙され、裏切られずに済んだのだ。
教会騎士たちの狂信は、エリック自身、かつては聖母を信じ切っていたことを思い出させるもので、そのことがより一層、エリックには不快だった。
自分が愚かで、甘ったれでなければ、聖母に騙されるようなことはなかったし、父親を失い、妹をさらわれ、自らの手で親友を手にかけるようなこともなかったのだ。
聖母はエリックのことを罪人と呼んでいるが、それは、事実だった。
エリック自身が聖母の存在を信じることなく、疑ってみることを知っていれば、今、こんな状況にならずにすんだ可能性は、間違いなくあるからだ。
しかし、今さら過去は変えることはできない。
ならば、やるべきことは、決まっている。
すべての元凶である聖母を、倒すのだ。
そうすれば少なくとも、これから聖母によって生み出される犠牲は、なくすことができる。
エリックは、雄叫びをあげながらさらに前へと進み出る。
そうして立ちはだかる教会騎士たちを斬り捨て、剣の切れ味が鈍って来ると教会騎士たちの死体から剣を奪って、戦い続けた。
クーデターは、順調に進んでいった。
竜騎士たちはほとんど損害を受けることなくほとんど一方的に教会騎士たちを倒し続け、圧倒し、城塞中枢部の重要施設であった武器庫や食糧庫を制圧した。
それだけではなく、守備についていた教会騎士たちのほとんどを討ち取ることにも成功していた。
この戦いで、他の人類軍の兵士たちはまったくクーデターに抵抗しなかった。
騒ぎを聞きつけて状況を確かめるために集めって来た兵士は大勢いたが、竜騎士たちがクーデターを決行しているのだと理解すると、武器を下げて無抵抗を示すか、むしろ自らクーデターに参加して教会騎士たちに戦いを挑んでいくほどだった。
やはり、聖母による支配が誤りであると、みなが気づいているのだろう。
そしてなにより、聖母の威光をかさに着た教会騎士たちの傲慢な態度が、人類軍の兵士たちにも腹にすえかねていた様子だった。
そうして、まだ暗いうちに、城塞にいた教会騎士たちのほとんどは討ち取られ、残るのは城塞の指揮官がいる司令室だけとなっていた。