・第279話:「クーデター」
・第279話:「クーデター」
エリック、クラリッサ、セリスの、反乱軍の3人を加えた竜騎士たちのクーデターの計画は、目まぐるしく進展した。
竜騎士たちもこの城塞で聖母のために戦い続ける意義を感じていなかったらしく、元々、こんなふうにクーデターを起こそうという話し合いを、密かに行っていたらしい。
隊長の号令により非常呼集がかけられた竜騎士たちは最初、戸惑ってはいたものの、すぐに「その時が来たのか」と理解し、戦闘準備を整えた。
クーデターに参加するのは、飛竜第64戦隊を構成する兵員たちで、約50名の竜騎士、それに地上要員である200名ほどの兵士を加えた集団だった。
これに、エリック、クラリッサ、セリスの3人も参加する。
竜騎士たちの隊長によると、この城塞の守備についている人類軍の兵士は、およそ2万5千名であるらしい。
単純計算では、クーデターを起こそうとしているエリックたちの、100倍の兵数がいることになる。
しかし、エリックたちが戦わなければならないのは、城塞にいる兵士たちの実数よりもずっと少なくて済むはずだった。
聖母の蛮行を知った兵士たちのほとんどは戦意を失っており、教会騎士たちに見張られているからしかたなく戦っているような者がほとんどであるのだ。
頑なに抗戦を主張している城塞の指揮官と、その他の教会騎士たちだけを倒してしまえば、それ以外の城兵たちは武器を下ろして反乱軍に降参するはずだった。
そして、エリックたちが倒すべき教会騎士たちは、200名程度しかいないのだ。
聖母への忠誠心はあるが、練度は低い教会騎士たちを相手にするのであれば、250名のクーデター部隊でも十分だった。
エリックたちが倒すべき城塞の指揮官と教会騎士たちは、城塞の中央部分に集中して守りについている。
そこはもっとも堅固な作りとなっている場所で、大量の武器や食料が備蓄されているほか、聖母のいる聖都と常に連絡を取り合うことのできる、魔法の通信装置まで備えられているのだ。
城塞の指揮官も教会騎士たちも、まだ、竜騎士たちがクーデターを起こそうとしていることにまったく気づいていなかった。
元々部隊内でクーデターについては話し合われていたのだが、エリックたちの登場によってにわかに決行が決まったことであり、指揮官にも教会騎士たちにもなんの予兆もない出来事だった。
クーデターを決意した竜騎士たちとエリックたちは、夜の場内を、堂々と進んでいった。
誰もクーデターが起こることを知っている者はいなかったし、竜騎士たちの存在は、聖母の威光の一種の象徴のようになっていたから、夜間に集団で進んでいく彼らの姿を見て不審に思う兵士はいても、それがまさかクーデターだとは誰も思わない。
竜騎士たちの隊列の中には、魔法のローブを脱ぎ捨てて戦いやすい格好になったエリックたちの姿もあったのに、兵士たちは呆気に取られて、進んでいく竜騎士たちを見送るばかりだった。
しかし、さすがに、城塞の中枢を守っている教会騎士たちは、集団でやって来た竜騎士たちを見て警戒した。
城塞の中枢部分に関しては、指揮官と教会騎士たち以外は、許可を与えた者しか立ち入ることができないようなされていたからだ。
「止まれ!
このような夜更けに、いったい、なにごとか!? 」
城塞中枢部へと続く通路を守備していた教会騎士たちは、集団で進んで来る竜騎士たちを前にしてもひるむことなく立ち塞がり、そう厳しい口調で誰何した。
もっともその行動は、彼らが勇敢だからできるわけではなかった。
聖母の威光を振りかざせば誰もがひれ伏すのだと、教会騎士たちはそう信じ切っていて、聖母に仕える自分たちを前にすれば竜騎士であろうと強い態度には出られないだろうと思っているのだ。
竜騎士は、竜という聖母の力を象徴する生物を操る、人類軍にとって重要な戦力だったが、その立場は教会騎士たちよりは下に見られることがほとんどであった。
というのは、教会騎士たちは聖母への信仰心が厚い者から選ばれるが、竜騎士というのは、竜という生物を乗りこなす適性がなければ務まらないものだからだ。
竜騎士の数を一定以上用意するためには、聖母への忠誠心を尺度にして、忠誠心の低い者を弾いていてはうまくいかない。
だから竜騎士はその適正によってのみ集められ、そういった経緯があるからこそ、竜騎士同士はみな対等であるとされている。
そういうわけで、教会騎士たちは、人類社会ではエリートのようなものだった。
この世界の神に等しい存在である聖母から認められなければ教会騎士となることは許されず、そうして聖母に選ばれた教会騎士たちは自らを[選ばれた存在]として特権的に考えるようになるし、実際、人間たちはみな教会騎士の背後にある聖母の威光にひれ伏して来た。
今までは。
「かかれ! 」
竜騎士たちの隊長は、教会騎士の問いかけに答える代わりに、そう言ってクーデターの決行を命じた。
そのかけ声とともに、隊長の両脇から素早く、ベテランの竜騎士が駆け出し、剣を引き抜きざまに教会騎士へと振り下ろしていた。
教会騎士は、その突然の竜騎士たちの行動に、まったく反応できなかった。
聖母の威光を背後に持つ自分たちに威圧されれば竜騎士たちも従うだろうと、そんなふうに決めつけていただけではなく、そもそも教会騎士の不足から、騎士としての技量をまったく考慮せず聖母への忠誠心だけで選ばれたような者たちだったから、竜騎士たちの熟練した攻撃には対処することができなかったのだ。
断末魔の悲鳴が響き、通路に教会騎士たちの骸が転がった。
そして、クーデターを決行した竜騎士たちは、その死体を踏み越え、喚声をあげて突撃を開始する。
あとは、時間との勝負だった。
異変に気づいた城塞の指揮官と教会騎士たちが反撃して来る前に一気に城塞の中枢を制圧し、指揮官を討ち取れば、エリックたちは最小限度の犠牲だけで城塞を攻略することができる。
うまくすれば、夜が明ける前に決着がつくはずだった。