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・第28話:「虜囚(りょしゅう):1」

・第28話:「虜囚りょしゅう:1」


 魔物が、エリックに化けている。

 そう叫ぶなり、ヘルマン神父はエリックに向かって魔法をかけていた。


「ぐぎゃっ!? がはっ……!! 」


 それは、呼吸が詰まり、全身に激痛が走り、思わず苦悶してしまう、そんな、相手に苦痛を与える魔法だった。


 ヘルマン神父は、聖母に仕える聖職者だ。

 そういった聖職者には、聖母から授けられた力により[奇跡]を起こし、人々の傷や苦痛を癒すことができる者が多い。


 ヘルマン神父も、そういった聖職者だった。

 旅の間、エリックも、その仲間たちも、ヘルマン神父が聖母の力を借りて起こす[奇跡]に何度も助けられた記憶がある。


 だが、こんな風に、他者に苦痛を与えるような力が使えるとは、エリックは知らなかった。


「ほら、見なさい! この者は、聖母様のお力を受けて、苦しんでいる! これは、この者の正体が魔物である、なによりの証拠なのです! 」


 その場に倒れ伏し、苦痛にうめき声をあげているエリックを見おろしながら、ヘルマン神父はそう叫んだ。


(違う! オレは、本物の、エリックだ! )


 エリックはそう叫びたかったが、身体が言うことを聞いてくれない。


 おそらくそれは、ヘルマン神父が狙ってやっていることだった。

 エリックを激痛で行動不能にし、そして……。


「さぁ、兵士たちよ! なにを見ているのです! 今すぐこの魔物をひっとらえるのです! 」


 ヘルマン神父は、エリックになんの弁明の機会も与えず、問答無用で拘束しようとしているのだ。


(くそっ……! こんなっ……、こんなことって……!! )


 こんなことが、あっていいのか。

 許されていいのか。


 エリックは激しく憤ったが、しかし、身体は苦痛に支配されて動かせず、声もうめき声しか出ない。

 それでもエリックは必死に無実を訴えようとしたが、すでに、その場にいた人々はヘルマン神父の言葉を信じてしまったようだった。


 兵士たちは最初、戸惑っていたものの、「さぁ、早く! 魔物が動き出す前に! 」とヘルマン神父にうながされると、兵士たちはお互いの顔を見合わせてうなずき合い、エリックの拘束にとりかかった。

 エリックは苦痛に悶えたまま、罪人を拘束するための粗雑な作りの荒縄で縛り上げられ、そして、完全に抵抗できなくなるように手枷と足枷をつけられた。


 ただ1人、バーナードだけは、「もっと慎重に確かめるべきだ! 」と主張していた。

 だが、ヘルマン神父はそれに取り合おうとせず、兵士たちも再び戸惑うような表情を見せたものの、結局はヘルマン神父の言う通りに動いた。


 エリックは、ヘルマン神父が裏切ったと知っている。

 だが、他の兵士たちは、そのことを知らないのだ。


 こうしてエリックは、ようやくたどり着いた城塞で、拘束されることとなってしまった。


────────────────────────────────────────


(愚かなことよ)


 暗く、冷たく、静かな地下牢の中に、拘束されたまま閉じ込められたエリックの心の内側で、心底呆れながらエリックのことを嘲笑する、魔王・サウラの声が響く。


 エリックは、無言のまま、なにも答えなかった。

 答えられなかった。


 エリックは、城塞にたどり着き、そして、聖母に会うことができれば、すべてが解決すると思っていた。

 そして、聖母の力によって魔王・サウラを完全に消去し、自身を裏切った者たちへ裁きを受けさせ、すべてが[あるべき状態]に戻る。


 そう信じ、エリックはここまでの苦しい旅を生き抜いてきたのだ。


 そして、エリックは、自分に運が向いて来たと思った。

 いつ力尽きてもおかしくないという過酷な旅を乗り越え、エリックは、親友であるバーナードと再会することができたのだ。


 バーナードは、エリックを裏切ってはいなかった。

 彼の態度から、そうだと信じられる。


 だが、エリックの前にあらわれた希望は、一瞬で打ち消された。

 エリックを裏切ったヘルマン神父によって、エリックはまた、どん底へと突き落とされた。


 エリックには、もう、サウラの言葉に反発する気力も、反論する根拠も、なにもない。


(あわれな勇者よ。……我が力、欲しくはないか? )


 さるぐつわまでかまされ、無実を訴えることもできずに牢獄の土がむき出しの冷たい床に倒れ伏しているエリックに、サウラは優しく、魅惑的な声でささやいた。


(汝には無理でも、我ならば、ここを脱することも叶う。……汝が、その身体を我に明け渡し、黒魔術が完成すれば、そうだな……、完全ではないものの、我が力も一部は使えるようになるだろう。その力を使い、我が汝をこの牢獄から解き放ち、そして、汝を裏切った者たちへの復讐を果たしてしんぜよう)


 少し前のエリックだったら、サウラのそんな誘いは、即座に跳ねのけることができただろう。


 しかし、地獄の底からいだし、ようやく手にできた希望を踏みにじられ、2度目の絶望の底へと叩き落とされたエリックには、それは、あまりにも魅力的な誘いだった。


 自分が、これからどうなるのか。

 エリックがもう、おしまいだというのは、はっきりとしている。

 わからないのは、自分がどんな[方法]で[終わらせられる]のかということだった。


 エリックが死ねば、エリックの魂という[想定外]によって完全に発動できずにいる黒魔術が完成し、魔王・サウラとして復活する。


 どうせ、もう、サウラは復活するのだ。

 そうであるのなら、ここでサウラの誘いに乗り、この身体を明け渡しても、結果は同じではないか。


 いや、少なくとも、今サウラの誘いに乗れば、エリックの[復讐]は果たしてくれるという。


 それは、エリックにとって、小さくとも、なぐさめにはなるはずだった。


(誘いに乗ったら……、オレは、どうなる? )

(無論……、消える)


 エリックの質問に、サウラは少しも言葉を飾らずに答えた。

 どんなに言葉をつくしたところで、今のエリックにはなんの役にも立たないと知っているのだろう。


 エリックは、消える。

 だが、今のエリックには、それもいいかもしれないと思えた。


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