・第278話:「隊長」
・第278話:「隊長」
エリックたちの説得は、どうやら成功したようだった。
そもそも、ロイを説得することはさほど難しいことではなかったのかもしれない。
人間社会の動揺を抑え込む目的で聖母が行った非情な手段は、表面的には人々の動揺を抑え込むことに貢献したが、内面的には人々の心情を決定的に聖母から引きはがしていた。
これで、この城塞を少ない被害で奪取することができるかもしれない。
エリックたちはそう思ったが、しかり、ロイはエリックたちに要望があるようだった。
「エリックさんに、クラリッサ姉さんに、そちらのエルフさん。
新魔王軍のトップが来てるんだったら、話しが早い。
うちの隊長と直接、話してくれないか?
その方が、俺が説得するよりも早いと思う」
ロイはこのままエリックたちに、飛竜第64戦隊の隊長と会って欲しいと考えているようだった。
そのロイからの申し出に、エリックたちは互いに顔を見合わせる。
一瞬、エリックたちを罠にかけようとしているのではないかと、そう警戒せざるを得なかったからだ。
だが、すぐにクラリッサが、「それはないよ」と言いたそうな表情で、首を左右に振った。
クラリッサが知る限り、ロイはそんな策略のようなことはしない相手なのだろう。
「わかった。
こちらとしても、隊長殿とお会いして直接話すことができるのなら、そうさせてもらいたい。
しかし、どうやって会えばいいんだ? 」
すぐにそう判断してうなずいたエリックだったが、やはりロイに隊長と会う方法を確認せずにはいられなかった。
普通、1つの部隊の隊長ともなれば、大勢の警護の兵士なども連れているはずだったし、直接エリックたちが会えば騒ぎになるかもしれない。
それに、今は夜だったから、寝ているのではないかと思われた。
「いや、心配は必要ないよ。
ちの隊長、すぐ、そこにいるから」
しかし、ロイはなんでもないような口調でそう言い、右手の親指を立てて自身の背後の方を指し示す。
その方向にいたのは、ロイと共に竜舎の見張りについていた、エリックたちがロイの先輩格だろうと思っていた竜騎士だった。
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竜舎の見張りについていたロイは緊張した様子だったが、それも当然だった。
一緒に見張りについていた竜騎士は、飛竜第64戦隊の隊長、その人だったからだ。
竜騎士はみな、対等。
そういう気質であるとエリックたちは知っていたが、思っていたよりもそれはずっと徹底されているらしい。
たとえ1つの部隊の隊長であろうと、夜間の見張りに立つようなこともするのだ。
この状況は、エリックたちにとって好都合だった。
なぜなら周囲に他の竜騎士や兵士の姿がない状況で、直接、飛竜第64戦隊の隊長と話すことができるからだ。
エリックたちはロイの紹介で、その場ですぐに、隊長と話すことができた。
さすがに隊長も驚きを隠せない様子ではあったが、やはり、聖母に対する不信は根強かったのだろう。
エリックたちの説得は特に問題も起こらずに進み、隊長は聖母を離反することをその場で即決してくれた。
そして話は、エリックたちが望んでいた以上に、急速に進みそうだった。
「このまま、この城塞の指揮官を襲撃してしまっては、どうでしょう? 」
エリックたちの説得を受け入れてくれた隊長が、そう提案して来たからだ。
エリックたちは、今日、この場でそこまでするつもりはなかった。
クラリッサの幼馴染である竜騎士、ロイを説得できればそれでよく、後はロイが飛竜第64戦隊の仲間たちを説得し、味方につけるのを待つつもりだったのだ。
そうして竜たちを味方につけてから城塞を攻略すれば、犠牲は最小限度で済む。
竜騎士たちが反乱軍に味方すれば一気に城兵にも動揺が広がって反乱軍に降伏して来る者が大勢出てくるだろうし、そうなれば、いかに城塞の指揮官が徹底抗戦を主張しようと、どうにもできないだろうと思っていたのだ。
だが、飛竜第64戦隊の隊長によれば、城塞の指揮官の守りはずいぶん、手薄らしい。
というのは、聖都から派遣されてきている教会騎士たちの数がやはり不足気味で、指揮官の身辺を守るのも最小限度の人数で行わざるを得ない状況であるからだ。
そして指揮官を守っている教会騎士たちも、ほとんど障害とはならないだろう。
エリックたち反乱軍との戦いで受けた大損害のために、教会騎士たちは即席でその地位だけを与えられた者が多く、戦いになってもまともに応戦できるか怪しい練度の者がほとんどなのは、この場所に潜入する間にエリックたちも目撃してきている。
聖都から派遣されてきている城塞の指揮官は、この運河を守る城塞で徹底抗戦をとなえ、聖母の本性を知って戦意に乏しい兵士たちを監視し、戦うように仕向けている。
その、指揮官を排除できれば。
城塞は明日の日の出を待つまでもなく、反乱軍の手に落ちるかもしれなかった。
そうなれば、エリックたちは飛竜第64戦隊だけではなく、大勢の兵士たちもほぼ無傷で味方につけることができる。
聖都で最後の抵抗を試みるはずの聖母との戦いでも、大きな力となってくれるはずだった。
幸い、竜騎士たちは地上での戦いでも精鋭たちだった。
その竜騎士たちが協力してくれるのなら、エリックたちだけでも、この城塞の指揮中枢を襲撃し、指揮官を討ち取ることはできるだろう。
「やろう。
それが、一番犠牲が少なく、簡単に勝てる方法のはずだ」
エリックは少し悩んだものの、すぐにそう決断していた。