・第276話:「幼馴染:1」
・第276話:「幼馴染:1」
クラリッサの幼馴染。
ロイ、という名を持つその竜騎士は、クラリッサの予想通り、竜舎の見張りをしていた。
竜騎士たちにとって、竜はもっとも重要な存在だった。
現在の竜たちは伝説上の竜たちとは異なり、いわば家畜化された存在に過ぎなかったが、それでもその力は十分に強く、その竜たちを従えていることは竜騎士たちの誇りともなっている。
だから、竜舎の見張りというのは大切な仕事であった。
そして若手の竜騎士たちは、竜騎士であるという自負心を養い、自分は竜という伝説の生物の末裔を乗りこなしているのだという自覚を抱かせるために、できるだけ長い時間、竜たちと近い場所にいることが求められる。
「いた。
アイツが、あたしの幼馴染の、ロイだよ」
物陰を移動して竜舎に接近し、その、竜の発着場側の出入り口に見張りで立っている2人の竜騎士の内の1人の姿を目にして、クラリッサがそう言った。
エリックよりも若い、とクラリッサは言っていたが、確かにロイは若かった。
まだ幼さの残る顔立ちで、体格はやせ型、竜騎士たちが身につける衣装と鎧に身を包んでいる。
ロイはやや緊張しているような様子で見張りについていた。
というのは、一緒に見張りについているもう1人が、先輩格の竜騎士であるらしいからだ。
竜騎士たちは縦社会を作らないことで有名だったが、教える側、教えられる側といった違いはあるらしく、やはり最も若手であるロイは、まだまだ遠慮があるようだった。
「ねぇ、クラリッサ。
あの様子で、本当に大丈夫なの? 」
緊張しているロイの様子を見て、セリスが不安そうな口調で確認する。
「いくら竜騎士同士の間は平等なんだ、って言ってもさ。
あれだけ緊張してるようだと、仲間に対して、「聖母を裏切れ」なんて、言いだせないんじゃないの? 」
「う~ん、どうだろう……?
とにかく、話してみないことには、なんとも」
ロイの様子を見て不安になっているのは、クラリッサも同じであるようだった。
しかし、せっかくここまで潜入して来たのだから、なにもせずに引き返すつもりはないらしい。
「見張りについているのは、もう1人いる。
クラリッサ、どうやって引き離すんだ? 」
「大丈夫、あたしに任せて」
エリックが小声でそう確かめると、クラリッサはそう言ってうなずいてみせる。
「実はあたし、エリック、あんたと旅に出る前に、竜騎士見習いをしていたアイツのところをこっそり訪問してみたことがあってね。
その時に使った合図、まだ、ロイは覚えていてくれると思うんだ」
クラリッサはそうエリックとセリスに説明すると、それから、懐に隠し持ってきていた魔法の杖を取り出した。
そしてクラリッサは、小さな声で魔法の呪文を唱えて、魔法の杖の先をロイの方向へと向けた。
「ひぐっ!? 」
すると、ロイはそんな悲鳴を漏らし、一瞬のけぞった。
その様子を見て、セリスが慌てたような声を出す。
「ちょっと、クラリッサ!
あんた、なにをやってるのよ? 」
直接的に相手になにかをしては、話すどころか、いきなり騒ぎになりかねない。
セリスはそのことを心配している様子だったし、エリックも不安な気持ちだった。
しかし、クラリッサは自信たっぷりだ。
「大丈夫、大丈夫。
ちょっと電気ショックを、それこそ冬場に静電気が流れるくらいの奴を食らわせてるだけだから。
前にもやったし、ロイはこっちに気づいてくれるよ」
そしてまた、同じように魔法の呪文をとなえ、クラリッサいわく静電気が流れる程度のビリッとした感覚を再びロイへと与える。
今度の魔法ではロイは悲鳴をあげなかったが、怪訝そうな顔で辺りを見回し始めた。
この時期、静電気が起きるようなことはめったになく、さっきから自分が魔法を受けているのだということに気がついたようだった。
するとクラリッサは、物陰から少し大きめに顔を出し、周囲に姿を隠すための魔法のローブのフードをとって、はっきりと顔を見せていた。
その様子に、エリックもセリスも、無言で悲鳴をあげる。
ロイにクラリッサが来ているということを知らせるためとはいえ、あまりにも大胆過ぎると思ったからだ。
それはロイの方も同じであるようだった。
彼はクラリッサの姿に気づき、ばっちり視線まで合わせると、心底驚いたような表情を見せる。
ひやひやさせられたが、ひとまず、思惑通りにことは運んでいるようだった。
ここでロイが侵入者だと声を出せば、エリックたちは目的を果たせずに逃げ出し、城塞を攻略するために総攻撃を開始しなければならなかったが、ロイは大声を出すことなく、代わりに、もう1人の見張りに「すみません、少し、腹具合が……」とか適当な理由をつけて、そそくさとこちらの方へ駆け寄って来る。
「ちょっと、いきなり、どういうことなんだよ、クラリッサ姉さん! 」
そして竜騎士のロイは、エリックたちが隠れている物陰にやって来るなり、クラリッサに向かってそう怒りの声をあげていた。