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・第260話:「傷だらけの新魔王:3」

・第260話:「傷だらけの新魔王:3」


 セリスに、お願いしたいことがある。

 どうやらそれが、クラリッサがこの場に姿をあらわした理由であるようだった。


「……なにかしら? 」


クラリッサが自分に頼みごとなんて、珍しい。

 そう思って少し驚いた表情を見せると、セリスは少し首をかしげてクラリッサにたずね返していた。


 セリスとクラリッサは、聖母を倒すという共通の目的をもって一緒に戦っている仲間だったが、個人的に親しいとまでは言えなかった。

 何度も共に戦ってきたが、2人が出会ってからの時間がまだ短すぎるためだ。


 だが、お互いに信用してはいる。

 聖母を倒すという目的は一緒だったし、その能力についても信頼している。


 なにより、2人はエリックという存在を中心にして、連帯していた。


「お願いっていうのは、さ。


 これを、エリックに渡してあげて欲しいんだよね」


 セリスが協力してくれるつもりであるらしいと理解したクラリッサは、そう言うと、申し訳なさそうにふところから小箱を取り出した。


「これを、エリックに? 」

「そう。

 中に、あたしが調合したお薬が入ってるの。


 疲労の軽減とか、そういう効果のある丸薬。

 2,3粒飲めば、エリックも少しは元気になれると思うんだ」


 小箱を受け取り、それになにが入っているのかを聞いたセリスは、耳元で軽く小箱を振るってみる。

 すると、中には小さな丸薬がたくさん入っているらしく、シャカシャカと音がした。


「別に、それくらいかまわないけど。

 水かなにかで飲んでもらえばいいの? 」

「そ。できればぬるま湯がいいかな?

その方が胃の中でうまい具合に溶けると思うから。


 効き目は十分にあると思うけど、適量は1日に2、3粒ってところね。

 それ以上飲むとかえって身体に悪いと思う」

「わかった。エリックには私から伝えておくわ」


 クラリッサからの注意事項を聞いてはっきりとうなずいてみせ、エリックに薬を渡すとセリスが約束すると、クラリッサは申し訳なさそうな顔をした。


「いやー、悪いねぇ」

「私だって、その……、エリックのことは、心配だったし。


 でも、クラリッサ。

 どうして、あなたが直接、エリックに渡してあげないの? 」


 しかしセリスが怪訝けげんそうな顔をしてそう確認すると、クラリッサは少し困ったような表情になって、自身の頬を指先で軽くかいた。


「いやー、そうなんだけどさ。


 今のエリック、多分、あたしが行くと、きっとバーナードのことを思い出しちゃうと思うんだよね」

「バーナードって……、新勇者のこと、よね? 」

「そう。


 あたしたち、ずっと、バーナードとは一緒に旅をしていたからさ。

 あたしが顔を見せると、エリック、バーナードのことも一緒に思い出しちゃうと思うんだよね。


 それで今さら、どうにかなるってことはないかもだけど。

 あの、エリックの、今にも壊れちゃいそうな、いえ、もう半分くらいは壊れてしまったような顔を見てると、ね……」


 どうやらクラリッサは、本心では自分でエリックに丸薬を渡しに行きたいようだった。

 しかし、バーナードを自分自身の手で殺してしまったことで、耐えがたいほどの心の痛みを覚えているはずのエリックに、自分から積極的に会いに行くことはできないと、そう考えている様子だった。


 エリックは、気丈に振る舞っている。

 聖母を倒すという目的のためにあらゆる手段を躊躇ちゅうちょなく使うという決意を固めたエリックにとって、バーナードを、親友を殺すということも、すべて納得しておこなっていたことで、今さら引き返すことなどしないと周囲に弱気なところを見せることもなく、自身に与えられた役割を果たそうとしている。


 それをやめさせることは、セリスにも、クラリッサにも、できないことだった。

 2人も、エリックがどれほどの苦悩を乗り越え、バーナードと戦ったのか。

 いったいなんのためにエリックが自分の心の痛みをかえりみなかったのかは、よくわかっているのだ。


 そんな2人がエリックにしてあげられること。

 それは、エリックを支えることだけだった。


 エリックの決意も、痛みも、肩代わりしてやることなどできない。

 エリックとバーナードがどれほど親しかったのかを知らないセリスには、エリックの心の傷を理解して思いやってやることは難しかった。

 クラリッサはセリスよりはエリックのことを知っているはずだったが、エリックとバーナードの関係を知っているだけに、自分が手だししてどうにかなるような問題ではないということをわかっている。


 それに、クラリッサの場合、彼女自身もバーナードを失ったことについて、思うところがあるのに違いなかった。

 エリックとバーナードほどの関係ではなくとも、クラリッサもまた、バーナードとは仲間同士であったはずなのだ。


 自分の顔を見せれば、エリックがきっと、バーナードのことを思い出す。

 そのクラリッサの言葉は、裏を返せば、エリックの顔を見るとクラリッサもバーナードのことを思い出してしまうということでもあるのだろうと、セリスにはそう思われた。


 エリックの、半ば壊れてしまったような顔を見れば、エリックがどれほど過酷な思いをしているのか、そしてこれからもそんな思いを続けなければならないのだということを、クラリッサも思い出してしまうのだ。


 エリックのことを支えて、少しでも負担を軽くしてやりたい。

 そんな気持ちをセリスもクラリッサも同じように持っていたが、この場合は、クラリッサではなくセリスの方が適任でありそうだった。


「……わかったわ。

 確かに、このお薬は、エリックに飲ませておいてあげる」


 エリックが苦しんでいるのと同じように、クラリッサも苦しみ、悩んでいる。


 仲間のために真剣になるのは、人間も、エルフも変わりがない。

 そのことを再確認したセリスは、クラリッサに頼まれた通りにすると約束するように、微笑んで見せていた。


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