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・第259話:「傷だらけの新魔王:2」

・第259話:「傷だらけの新魔王:2」


 エリックは今、無表情のままイスに腰かけ、窓から外の景色を眺めながら休憩していた。

 さきほどまで行われていた会議で必要な判断をすべて下し終え、少し休みを取っていたのだ。


 その顔色は、青白い。

 それは、エリックがバーナードの命を奪ってからずっと、まともに睡眠もできず、まともに食事もとれていないせいだというのを、セリスは知っている。


 ずっと、観察していたからだ。


(なんとかしてあげられたら、いいのに……)


 エリックに対するセリスの様々な感情、エリックが仲間たちのかたきであることや、新魔王であるということを抜きにした時、残るのはそんな気持ちだった。


 エリックは、セリスから見ても、誰から見ても、必死に戦い続けている。

 自分自身を傷だらけにし、心を押し殺して、聖母を倒すのだと、世界を救うのだと、強大な敵に抗い続けている。


 そんなエリックの戦いを、最初は残党軍の内での世話役として、次いで偵察兵スカウトそしてずっと見てきたセリスは、エリックがもう、十分すぎるほどの努力を続けてきたのだということを知っていた。


 だが、エリックはまだ、今まで以上に努力し、戦い続けなければならない。

 いまやエリックは反乱軍の人々にとって聖母を倒せるかもしれないという唯一の希望であり、反乱軍の人々の命運を、この世界の未来そのものを一身に背負っているからだ。


 そうして、自分自身を傷つけ、自分自身の心を押し殺して戦い続けるエリックの姿を見ていると、「もういい、あなたは十分にやってくれたわ」と、もうこれ以上戦わなくていいのだと、もうすべてを自分1人で背負い込まなくていいのだと、セリスはそうエリックに言ってやりたくなる。


 だが、セリスはその言葉をエリックに言うことはできない。

 なぜなら、実際のところ、聖母を倒せるかもしれないのは、この世界にただ1人だけ、エリックしかいないからだ。


 そして、その事実を思い出し、エリックに向けようとする言葉を自身の内側に飲み込むたびに、セリスは、結局はエリックにすべての負担を押しつけて自分はなにもしてやれないのだという自身の無力さで、切ない気持ちになる。


(エリック……)


 傷だらけの新魔王に、エリックに、その負担を少しでも和らげるために、自分にできることはなにかないのか。

 セリスはエリックの姿を観察しながら、いつの間にかそんなことを考えていた。


 セリスが、背中から誰かにツンツンと指で軽くつつかれるような感触を覚えたのは、人知れずにもう何度目になるかわからないため息をついた時だった。


「ぅへぁっ!? 」


 普段は冷静に、熟練した偵察兵スカウトとしての態度しか見せないセリスは、その感触に驚き、かわいらしい悲鳴をあげていた。


 だが次の瞬間には、セリスは背後をとられてしまった屈辱くつじょくで表情をゆがめ、相手の方を、勢いよく振り返っていた。


 セリスは、エルフの偵察兵スカウトとしての自分の能力に、自負を持っている。

 しかし、そんな自分があっさりと背後をとられてしまったことは悔しかったし、なによりその原因がエリックのことを気にしてだということが、恥ずかしかった。


 そして、自身の背後を取った相手の正体を知ったセリスは、拍子抜けしたような顔をする。


「おっほっほ、セリスさんって、そんな、かわいい声も出せたんだねぇ」


 そこにいたのは、魔術師・クラリッサだったのだ。

 そしてクラリッサは、いたずらを成功させたことに大層ご満悦な様子で、にやにやと笑っている。


「クラリッサ。

 変なこと、しないでくれる? 」


 クラリッサだからこの程度のいたずらは許せたが、決して怒っていないわけではないのだぞと、セリスはあからさまに不機嫌そうな声を出す。

するとクラリッサは茶目っ気たっぷりに片手で拝んで見せると、ウインクしながら「えへへ、ごめんなさいね、セリスさん」と謝った。


 しかし、クラリッサは本当に反省したわけではないようだった。


「ところで、セリスさん?

 いくらこっそり近よったからって、あたしに背後を取られるだなんて、らしくないな~?


 いったい、なにをそんなに熱心に見ていたのかしらね?

 いや、誰を、かしら? 」

「……っ! 」


 そのクラリッサの言葉に、セリスは赤面する。


 クラリッサはおそらく、セリスがずっとエリックのことを見守っていたのだということを知っているのだ。

 そして、そんなセリスをからかってやろうと思って、忍びよって来たのだろう。


(人間のくせに、生意気っ! )


 セリスの数分の一の時間しか生きていないクラリッサにまんまとしてやられて悔しかったし、エリックのことを気にしているところを見られて、恥ずかしい。

 だが、決定的な証拠を見られているので、なにも言い返すことができない。

 セリスはクラリッサのことを小癪こしゃくに思ったがなにも言えずに、クラリッサのことをにらみつけることしかできなかった。


「いや、ごめん、ごめんなさいって。

 ちょっと、からかいすぎちゃった。


 ここのところ忙しかったから、つい、ね」


 ぐぬぬ、と悔しそうに、恥ずかしそうに睨みつけて来るセリスに、クラリッサは両手で拝むような態勢を作って謝罪した。


「それと、エリックのこと、真剣に心配してくれて、ありがとね。

 エリック、根が真面目だから、時々やり過ぎちゃうのよ」


 それからクラリッサは、そう言ってセリスに礼を言う。


「……フ、フン。

 別に、私は。


 アイツに、聖母を倒してもらえないと困るって、それだけなんだから」


 そのクラリッサの言葉が本心からのものであると感じたセリスは、クラリッサを許してやる気になって、だが、まだ恥ずかしいので顔をそむけた。


 しかしクラリッサは、そんなセリスの顔を、さらにのぞき込むようにしてくる。


「それで、実は、そんな風にエリックのことを真剣に思いやってくれるセリスさん。


 あなたに、お願いしたいことがあるのだけれど?」


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