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・第26話:「城塞:2」

・第26話:「城塞:2」


「まて! 待って、くれ! 」


 エリックは、過酷な旅ですっかりかすれてしまった声を張り上げ、兵士たちに訴えかけた。


「お、オレは! 敵じゃ、ない! ……エリック! オレは、エリック、だ! 」


 エリック。

 それは、人間であれば誰もが知っている、聖母に人類を救う救世主として選ばれた、勇者の名だった。


 その名を名乗ったエリックの姿を目にして、兵士たちは戸惑ったように互いの顔を見合わせる。

 その名前はよく知ってはいても、実際に間近でエリックの姿を見たことがある兵士は、それほど多くはないのだ。

 なにしろ、魔王城攻略に参加した人類軍だけでも数十万人はいる。


 それに、今のエリックの見た目は、酷かった。

 背中から剣で突き刺され、谷底へと蹴り落された上に、過酷な旅でその身体は傷つき、衰弱しているし、汚れている。

 身に着けている衣服も谷底へと投げ捨てられた魔王軍の遺体からはぎ取ったもので、とても、同じ人間とは思えない格好だった。


 しかも、エリックは知らないことだったが、兵士たちにはすでに、勇者・エリックは死んだという[事実]が公表されている。


 魔王・サウラと刺し違えになって死んだ、人類の救世主、英雄である勇者・エリック。

 おそらくは人間らしいとその身体的な特徴からわかるものの、兵士たちの目の前にいるのはみすぼらしく、汚れていて、奇妙な格好をした、顔も見たことのない相手だ。

 兵士たちは、エリックの言葉を信じられないという様子だった。


「お前が本当に勇者・エリックであるというのなら、一緒に旅をしてきたお供の方ならわかるはずだ。今から、そのお供の方をお呼びする。……それまでは、大人しくしていろ」


 だが、信じられはしないものの、確認だけはしてくれるらしい。

 それは、エリックがどうやら見た目は人間であるということと、魔王軍が殲滅せんめつされたことにより、[もう、戦争は終わったのだ]という意識が兵士たちにあり、気持ちに余裕があるおかげであるようだった。


「……わかった。言われた通りにする」


 エリックは、兵士たちに言われた通り、大人しく待つことにした。

 いくらエリックが勇者だとは言っても、武器もなく、身体が弱ってもいる現状では、逃げることも抵抗することもできない。


 それに、相手は人間。

 エリックが救うべくそのすべてを捧げた、同胞たちなのだ。


(せめて、リーチや、ヘルマン神父以外の仲間が……、バーニーが、そうでなくとも、クラリッサが来てくれれば)


 自身を裏切った2人が来れば、エリックはどうなるかわからない。

 だが、魔王・サウラを倒すためにその身を犠牲とし、負傷して後送された、エリックのことをもっともよく理解し信頼してくれていた騎士、バーナードならば。

 それか、クラリッサなら。


 彼と、クラリッサは、裏切りが行われた場にはいなかった。

 2人がエリックのことを裏切っていないという確証はなかったが、少なくともその可能性は残っている。


 エリックはバーナードかクラリッサが来てくれることを、ひたすらに、強く祈った。


────────────────────────────────────────


 エリックが命令通りに大人しく待つ姿勢を見せると、兵士たちはエリックのことを少し信用するつもりになったのか、武器をおろしてくれた。

 そして、その場にいた兵士たちの中で最も階級が高そうな士官の命令によって下士官の1人が伝令に走っていく。


 兵士たちは、完全にエリックへの警戒を解いたわけではなかった。

 武器はおろしてくれたものの、いつでもそれをかまえて、エリックに向けることができるようにしたまま、兵士たちが持っている槍で戦うのに適した間合いを取ってエリックのことを包囲し続けている。


 だが、兵士たちの間で、徐々にエリックへの同情心が芽生えて来たようだった。


 なにしろ、エリックの姿は酷かった。

 着ている衣服は傷んだボロ布のようなものだったし、全身が汚れている上に飢えている。


 同情心ではなく、嫌悪感を抱かれてもおかしくないほどの格好だ。

 だが、嫌悪感ではなく同情心の方が生まれたのは、エリックの素直な態度と、兵士たちが魔王軍との戦争に勝った[勝者]であったからだろう。


 兵士の1人が上官に相談し許可を得ると、彼はしゃがみこみ、焚火にくべられたままだった鍋から、用意した器にスープを取り分けると、「食べろ」と言って、エリックに差し出して来た。


 エリックは、ゴクリ、と喉を鳴らし、そのスープを受けとると、先ほどむせてしまった教訓を生かし、今度はゆっくりと、冷ましながらそれをすすった。


(のんきなものよ。勇者。……このままでは、汝は死ぬことになるかもしれぬ、そうであろう? ならば、じっとしておる場合ではあるまい)


 スープを大切そうに、しっかり味わうように食べているエリックの心の中で、魔王・サウラが呆れたような声でささやいた。


(身体が弱って、動けぬというのなら、我が力を貸しても良いのだぞ? ……なぁに、ほんの少し、この身体を我に貸すだけで良いのだ。我が、汝を救ってやろう。もちろん、身体も汝に返そうぞ)

(黙れ)


 サウラの誘惑へのエリックの返答は、短い。

 その返答を聞いたサウラは、エリックの中で深々と溜息をついたようだった。


(愚かな勇者よ……。汝の魂が消滅するだけならば、汝の勝手にせよ。しかし、この肉体が完全に失われてしまっては、我が困るのだ。施された魔術も、肉体が残っておらぬのではさすがに意味を成さぬのでな。形だけでも残ってもらいたいものだ)

(フン。……そうなるのなら、そうなればいいさ)


 エリックはスープの最期の一敵を飲み干しながら、サウラに冷たく言い放った。


 裏切った者に、復讐を果たす。

 それは、エリックにとっては辛く過酷な旅を続けさせる原動力となった強い願いだったが、魔王・サウラに自身の身体を明け渡さないということも、重要な、最低限エリックが果たさなければならないことだった。

 魔王がエリックの身体を乗っ取って復活すれば、それは、人類にとって大きな災厄となるからだ。


 だが、復讐を遂げることは、エリックにとってなによりも叶えたい望みだった。

 エリックは空になった器を足元に置くと、また、静かに、バーナードがあらわれることを祈りながら待った。


 そして、その祈りは、通じた。


「んなっ!? エリック!? ……お前、本当に、生きていたのか!? 」


 伝令に走った兵士に連れられてきたバーナードは、エリックの姿を見るなり、驚いたようにそう叫んでいた。


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