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・第258話:「傷だらけの新魔王:1」

・第258話:「傷だらけの新魔王:1」


 降伏した捕虜の一部を加えたことで、反乱軍はその戦力を、5000名を超えるまでに拡大していた。

 それは、エリックたちが解放した捕虜たちと比べても少数に過ぎなかったが、そのすべてが、聖母と戦うのだという意思を持った者たちだった。


 それに、エリックたちはもう、自分たちが少数であっても、聖母に勝利できると思えるようになっていた。

 なぜなら、反乱軍には、エリックがいるからだ。


 エリック。

 元・勇者。

 そして、その身の内に、魔王・サウラを宿す者。


 そのエリックは、勇者と魔王、2つの力を共に有する[新魔王]として存在し、その力は、[新勇者]を打ち倒せるほどのものだと証明している。


 エリックならばきっと、聖母でさえも倒してくれるかもしれない。

 反乱軍の人々は誰もが、そう信じるようになっていた。


 ただ、聖母の力の大きさは、未知数だった。

 長くこの世界を支配して来た聖母だったが、聖母はなにかをしなければならない時は常にヘルマンを始めとする部下たちを使っていたし、魔王を倒すためにも勇者に力を与えて派遣してきた。

 聖母自身でなにかをしたという事実を、誰も知らないのだ。


 だが、その力は、神々にさえ匹敵すると考えなければならなかった。

 聖母は謀略ぼうりゃくを用いて神々を争わせ、そして神々が弱った隙を突いて滅ぼし、この世界を支配したということだったが、そのことを考えれば、少なくとも弱った神々を相手に勝利できるほどの力を持っているはずだった。


 そして聖母はすでに、不老不死という異質な力さえ有している。

 それはおそらく、聖騎士たちを異形のバケモノに変えてしまうような、邪悪としか形容しようのない研究によって得た力なのだろうが、それほどの力が不老不死を与えるためだけに使われるとは、思えなかった。


 それでも人々は、希望を持っていた。

 自分たちが力をつくして戦うのはもちろんだったが、エリックさえいれば、聖母に勝てるだろうと、人々はそんなふうに思っているのだ。


────────────────────────────────────────


 反乱軍の大勝利。

 その事実を知った人類社会には大きな動揺が広まり始め、聖母の求心力は確実に低下しつつある。


 状況が、反乱軍にとって予想もできなかったほど、好転し始めている。


 その手ごたえを反乱軍の人々が感じている中で、エリックはずっと、感情を表に出すこともなく、無表情なままだった。


 エリックは、きちんと反乱軍のリーダーとしての役割を果たしている。

 反乱軍の幹部たちを集めた作戦会議には必ず出席し、議論をきちんと聞いて判断を下し、人々が円滑に動き続けることができるようにしていたし、捕虜たちの解放という、重要な決断も下している。


 だが、エリックはずっと、淡々と、感情のない人形のようだった。


「……」


 その様子を、セリスはひっそりと、見つめていた。

 偵察兵スカウトとしての技能をフル活用して、エリックに悟られないよう、こっそりとだ。


 自分でも、なんでこんなことをしているのかと、不思議に思う。

 エリックは新魔王として、反乱軍のリーダーとしての役割をしっかりと果たしてくれているし、エリックのおかげで、今まで見えなかった希望というものが見えてきた。


 たとえ、エリックから感情らしいものが失われてしまったのだとしても、エリックが周囲から期待されている役割をしっかりと果たせている以上、なんの問題もないはずだ。


 そもそも、エリックはその内側に魔王・サウラの魂を宿しているとはいえ、人間だ。

 そしてセリスは、エルフだ。


 元々、2人の関係は聖母を倒すまでの一時的な協力関係に過ぎないはずで、エルフのセリスが人間のエリックのことを心配する必要などないはずだ。


 そう、心配する必要などないのに、セリスは、エリックのことを心配している。

 その事実に気づいた時、セリスは、ハッと息を飲んでいた。


(べ、別に、アイツが聖母を倒せなくなったら困るっていう、それだけなんだからっ! )


 それからセリスは、自分で自分にそう言い聞かせる。

 そうしなければ、セリスは、散々毛嫌いして来た人間を、しかも多くの同胞を手にかけてきたエリックを、自分が心配してしまっているという事実を受け入れることができないのだ。


 セリスは、エリックのことが心配だった。

 なぜなら、今のエリックは、満身創痍まんしんそういで今にも死にかけているようにしか見えないからだ。


 その原因は、わかっている。

 親友であるバーナードを、必要であったとはいえ、自分自身の手で殺してしまったからだ。


 それは、エリックもそうすることを納得して、絶対に必要だから、行ったことだ。

 そしてエリックは実際に、バーナードの命を奪った。


 だがその時、同時に、エリックが自分自身の心を殺してしまったのではないかと、セリスにはそう思えるのだ。


(なんで、私が、そんなこと……)


 バカバカしいと、セリスはそう思いもする。

 なぜならエリックは、セリスが1度は殺したくてたまらないと、そう思った相手なのだ。


 実際、セリスが死にかけのエリックを見つけた時は、殺してやろうと思った。

 だが、ここで自分の手で殺すよりは、仲間たち全員の手で殺す方が、エリックによって殺されていった仲間たちへの弔いに、復讐ふくしゅうになるだろうと思ったからこそ、助けたのだ。


 それが、今やエリックは、反乱軍にとって、セリスたち魔王軍の残党たちにとって、欠かすことのできない存在になっている。

 聖母を倒し、この世界を聖母の支配から解放するという戦いの、その先頭にエリックは立っている。


 そしてエリックは、耐えがたいはずの苦痛を越えて、戦おうとしている。


 そんなエリックのことが、セリスは気になってしかたがなかった。


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